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Vol.29 八木俊介さん(前編) 人と人とのつながりが「レインボーハウス」を支えている

1995年の阪神淡路大震災を機に、親を亡くした子どもたちをケアするために建設された「神戸レインボーハウス(虹の家)」。16年の時を経て発生した東日本大震災によって、また多くの子どもたちが遺児となりました。地震・津波遺児やそれを取り巻く人達のケアを目的とした「東北レインボーハウス」建設に日々奔走しているあしなが育英会 八木俊介さんに、レインボーハウス設立の経緯、日々の活動、2013年完成予定の「東北レインボーハウス」への想いをお伺いしました。

――2011年3月11日以降、毎週のように東北に行かれているそうですが、具体的に現地でどのような活動をされているのですか?

【神戸レインボーハウス】
【神戸レインボーハウス】

東日本大震災による遺児への支援活動を行っています。具体的には、支援内容の周知や、家庭訪問、ケアプログラムの実施などです。その1つとして、遺児や保護者の『心のケア』を担う「ボランティア(ファシリテーター)養成講座」も月に1回実施しています。ちょうど先週は盛岡で実施して、来月は仙台で行います。盛岡では、津波遺児になってしまった甥っ子さんがいる方なども参加してくださいました。
遺児を対象としたケアプログラムは、現地での日帰りや、1泊2日のものを行っています。私は、「神戸レインボーハウス」も担当しているので、一旦、東北方面に行くと4~5日になるため、東京の自宅に帰宅して洗濯だけして、そのまま神戸に行ったりしています。

――参加者は、どのようにケアプログラムのことを知るのですか?

保護者が死亡・行方不明または重度後遺障害の子どもたちに、返済不要の『特別一時金』支給の申し込み受け付けを行っているのですが、その申込者に手紙を出したり、家庭訪問をした際に「遊びに来ない?」という感じで紹介したりしています。家庭訪問は、東北事務所の3人を中心にボランティア10~20人で手分けして回っています。同じ家に1回だけいくのではなく、何度も足を運びます。

――ケアプログラムに参加した子どもたちの様子はどうですか?

心の傷は・・・すごい・・・ですよね。やっと学校(以前と同じ生活の一部)が始まったばかりですから・・・。ケアプログラムの中で、ある中学生の子に、「家族のことを少しお話しましょうか」と水を向けただけで泣いてしまって、一言も喋らないということもありました。“亡くなったこと”とか“震災のこと”を話すわけではないのに喋れない。

――長期的な取り組みとして、「東北レインボーハウス」の開設にも従事されていらっしゃいますね。

【子どものケアには大人のケアが必要】
【子どものケアには大人のケアが必要】

はい。神戸にも、東京にも「レインボーハウス」はあるのだから“当然作るべき”という感じで、早い段階から開設が決まっていました。今は、建設のための募金活動と並行して、子どもたちがどういう状態でいるのか、何が必要なのかなど、家庭訪問で聞いたり、申請書を一通一通読み込んだりしています。「東北レインボーハウス」は、神戸や、東京のレインボーハウスとは同じ物ではないんです。継続される部分はもちろんあるのですが、今回は、津波で多くの物がなくなってしまった。子どもたちの心のケアだけではなく、もう少し生活支援をできるような何かができないか話したりしています。それと、神戸の時の反省もあって、「東北レインボーハウス」では保護者のケアも考えています。16年前は、大人を対象にするなんて「何を言ってるんだ」って理解されませんでしたが、今は認識が広がって、保護者や学校の先生、地域の人など大人のケアが必要だということが理解されるようになりました。

――2年後の2013年完成予定ですね。

そうですね。2年後は極端なことを言えば、体育館と事務所だけでもいいかな、という感じです。大事なのは、子どもたちと保護者、ボランティアの人たちが「何を必要としているのか」なんです。予測がつかないくらい状況が変わるんです。「作りました。でも、やっぱりこういうのがあったらよかったよね」という訳にはいかないので、慎重に考えています。例えば、お父さんやお母さん向けの職業訓練みたいなものが大事になるかもしれないし、訓練を受けているときの託児所が必要かもしれない、やっぱりよく聞いて変化を捉えないといけない。神戸や東京にもある「癒しの部屋」、子どもたちやボランティアが泊まれる宿泊施設、あと、体育館は絶対必要だと思っています。

――初めて設立されたのは「神戸レインボーハウス」ですが、設立までの経緯を教えてください。

【思いきり暴れても大丈夫な「火山の部屋」】
【思いきり暴れても大丈夫な
「火山の部屋」】

最初から「レインボーハウスを作る」ということではなく、震災遺児のための奨学金を集める募金活動をしていました。それ以外にも、できることがあればなんでもやっていましたよ。引っ越しの手伝いとか、孤児になった子のところへ遊びに行ったり・・・。そして半年経った頃、子どもたちの心が傷ついているのが分かりました。その時に、現地に残っていた、もう一人の職員が、「日本の中には遺児の心のケアをするような団体がないので、いつでも来られるような駆け込み寺みたいなものを作ったらどうだろうか?」と相談してきたんです。でも、子どもの心の傷がどういう物で、どういう風に癒したり、ケアするのか全く分かっていなかったので、アメリカのオレゴンにある「ダギーセンター」を視察に行きました。「ダギーセンター」は、愛する人との死別を体験した子どもたちのためのケアサポートプログラムセンターです。そこで、“暴れる部屋”とか“演劇ができる部屋”とか、子どもなりに感情が出やすい工夫が必要なのだということを勉強してきました。これは、「レインボーハウス」の原型になりました。そして、2年目は土地を探して、3年目には建設工事に入り、4年で完成しました。

――設立までには色々ご苦労もあったと思いますが・・・

初めは、なかなか賛同を得られませんでしたが、児童精神科の先生方が「手伝いますよ」と言ってくださったり、子どもたちのために何かしたいと思っている神戸市民の方たちが、「何でもやりますよ」と声をかけてくださったりしました。ご自身も被災されていたり、親しい方を亡くされたりしているのに、本当にたくさんの方が支えてくださいました。児童精神科の先生の中には、今なお16年にわたってお付き合いいただいている方もいらっしゃいます。今でも「レインボーハウス」を運営できているのは、“人と人のつながり”だと思います。

――1999年設立後は、具体的にどのような活動をされていたのですか?

1つは、心のケアプログラム。もう1つは“来所促進”ですね。コンサートをしたり、お花見をしたり、色々な教室を開催しました。お茶とか陶芸とか、勉強とか・・・。子どもたちは自然と遊びにきていましたね。その時来ていた子たちが、今は、大学生になっていたり、自分の子どもを連れてきたりしています。大学生の子は、ボランティアで子どもたちの面倒をみるために来てくれてるんですよ。

――東京日野に「あしながレインボーハウス」を作られた目的は何ですか?

【ひとりになって泣くこともできる「おもいの部屋」】
【ひとりになって泣くこともできる
「おもいの部屋」】

「神戸レインボーハウス」ができてから、やっぱり「東京にもあったらいいよね」という話になり、2007年に日野に建設しました。ちょうどその年、自殺者が3万人を超えたんです。保護者を自殺でなくした遺児の子たちは、震災遺児の子と同じように傷ついていました。半分くらいの子は親が亡くなる最後を見てしまっていて・・・。震災遺児の子も親が自分をかばって亡くなっていたりして、いずれの子どもの心の中にも“罪悪感”みたいなものがある。そういうところがよく似ていて、震災だけじゃない、日本全国にいる遺児のケアが必要だろうと・・・。
日野の「あしながレインボーハウス」は、心のケアだけではなく、半分は遺児大学生の学生寮になっています。周辺に大学が多く通学に便利なこともあり、100人くらいが生活しています。寮費も安く、勉強に集中して欲しいから、寮の学生は原則アルイバイト禁止です。
立地が自然にとても恵まれているため、「あしながレインボーハウス」では、周辺の環境、山の自然の力を借りて子どもたちの心のケアにつなげています。みんなでタケノコを掘ったり、水浴びしたり、切った竹で流しそうめんをしたりしています。

――レインボーハウスとともに成長してきた子どもが、今度はボランティアに参加しているそうですね。

そうです。さきほどお話ししましたように、アルバイトは禁止ですので、その分勉強とボランティアをしています。また、学生寮の学生だけでなく、レイインボーハウスに来ていた多くの遺児が街頭募金や「レインボーハウス」のボランティアに参加しています。今回の東日本大震災で被災地に行った子もいます。阪神淡路大震災から16年、一緒に成長してきた子どもたちが、今度は、ボランティアとして支援に参加する。長い時間、継続して活動してきたからこそ実現しているのだと思います。

(後編につづく)

八木俊介さんプロフィール
あしなが育英会職員 1993年入局。あしながレインボーハウス・チーフディレクター
「神戸レインボーハウス」(1999年~)、「あしながレインボーハウス(東京日野市)」(2007年~)の開設より遺児の心のケア活動に携わる。
著書:「レインボーハウスの子どもたち」

東日本大震災から3カ月あまり経った6月23日に取材に伺いました。ニューヨークでの「東北レインボーハウス」建設のための街頭募金に同行、盛岡でのファシリテーター養成講座の実施など東奔西走されている中、貴重なお時間をいただいてお話を伺いました。取材後、次の予定にすぐ向かわれた八木さん。後編では、その八木さんの原動力や想いをお伝えしていきます。

by ニフティ「想い伝え隊」藤本、大空、高沢

@niftyWeb募金では、「東北レインボーハウス」建設のための募金を受け付けております(2011年8月10日現在)。
東日本大震災復興支援募金(あしなが育英会)
http://donation.nifty.com/tokusetsu/service/tokusetsu1/

「八木 俊介」さんからのお知らせ


関連サイトの紹介

●あしなが育英会
  http://www.ashinaga.org/index.php

●あしなが育英会 東日本大地震・津波 対応措置
  http://www.ashinaga.org/higashi_nihon/index.html#h1593

関連書籍の紹介

八木さんの著書、およびあしなが育英会の関連書籍をご紹介します。

レインボーハウスのこどもたち―阪神・淡路大震災遺児の10年 レインボーハウスのこどもたち―阪神・淡路大震災遺児の10年

八木俊介 著
価格:1,325 円(税込)
ISBN:978-4990114473
出版社:月間センター出版部
発行年月:2004/12

機関紙「NEWあしながファミリー」K 機関紙「NEWあしながファミリー」K

あしなが運動と玉井義臣 あしなが運動と玉井義臣

金城学院大学教授・副田義也 著
価格:3,000円(税込)
ISBN:978-4000220132
出版社:岩波書店
発行年月:2003/3

「黒い虹」-阪神大震災遺児たちの一年- 「黒い虹」-阪神大震災遺児たちの一年-

筑波大学教授 副田 義也 監修
価格:1,300円(税込)
ISBN:978-4331505175
出版社:廣済堂出版
発行年月:1995/12

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