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Vol.27 堤未果さん(後編) そこに人間が存在しているということをきちっと伝えること

9・11アメリカ同時多発テロ事件をきっかけにジャーナリストとしてのお仕事を始められた堤未果さん。アメリカが置かれている実態とその背景にある課題、ネット時代の情報の受け手のスタンス、更にはジャーナリストとしての役割など、幅広いお話を伺いました。

――テロ事件の後、変貌しつつあるアメリカをジャーナリストの目でどのように捉えておられましたか?

【国民の選択肢が奪われていくというビッグピクチャーが見えたと語る堤さん】
【国民の選択肢が奪われていくという
ビッグピクチャーが見えたと語る堤さん】

ちょうど報道がすごく一辺倒になって危ないなと思っていた時でした。そこで自分でいろいろ調べ始めたら、こういうことがわかってきたんです。「姿の見えないテロリストと戦うための戦争がテロとの戦争だ」と言われているけれど、本当は違う、むしろアメリカは「戦争を続けるために姿の見えない敵を作り出している」。報道されていることと実態は逆だったのです。戦争を続けるために外にわかりやすい敵を作る、軍事費のしわよせが社会保障費の大幅削減を生む、国内で格差を作ることによって中流が落ちる。市場原理では中流の存在が一番効率が悪いですから、中流の福祉や教育、人権が切られて下流に流れる。結局、下の方の人たちが、当たり前の生活と引き換えに軍に入ったり債務者になったりして、国民の選択肢が奪われていくというビッグピクチャーが見えてきた。その時気づいたのです。自分がしているのは「戦争の取材」ではない、戦争もこの大きな流れの中の「マーケット」の一つに過ぎなかったと・・。

――それは具体的には?

アメリカでは戦争だけじゃなく、教育、福祉、医療といった公共もみんなマーケットにされています。マイケル・ムーアは映画を通して「キャピタリズム(資本主義)」を批判しましたが、私はむしろ「コーポラティズム(政府と企業の癒着主義)」が元凶だと思いますね。コーポラティズム、つまり産業界と政治の距離が近くなりすぎて、あらゆる政策が市場原理を追求する方向に引っ張られてゆく状態です。市場原理を効率よく回すためには「個人の幸せ」とか、「自由」「人権」など数字で測れないもの、利益につながらないものはすべて切られる。その中では人間さえも、顔の見える個人から「モノ」や「数字」になる。

――著書の『貧困大国アメリカ』でも「行き過ぎた市場原理」と評されていますね。驚いたのは、災害支援をする政府機関も民営化されていったことですが。

2005年のハリケーン・カトリーナの時の出来事は結構ショックでした。ニューオーリンズのミュージシャンを助けるために全米のミュージシャンが本当に基金を作って、いろいろな活動をしていましたが、その人たちから聞くと新聞に載っていない事実がたくさん出てきて驚きました。連邦緊急事態管理庁(FEMA)も実質的に民間化されていたので、人の命よりも利益や効率が優先されてしまった。低所得者層が切り捨てられたのはその結果です。私にはミュージシャンの友達がたくさん居るのですが、彼らには「ニューオーリンズの音楽はアメリカ文化の宝」だという自負があった。だからこそ、そういうものがどんどん押し流されていく「市場原理の暴走」に危機感を持っていました。

――こうしてみると利益、効率追求の資本主義そのものに対する疑問が出てくるのですが、どのようにお考えですか?

【人間にとっての幸せが原点にあるべき】
【人間にとっての幸せが原点にあるべき】

資本主義とか共産主義というのは、形や手段に過ぎないものだと思います。それよりも資本主義をフィルターや手段と捉えて、その先にどんな社会を望むのか。もし共産主義が良いならば、「では共産主義を通してどんな社会を実現したいのか」という問いと常にセットであるべきです。アメリカを見ていればそれがわかります。資本主義そのものが目的にすり替わってしまった時、いかに国家というものがベースを失ってゆくか。資本主義と共産主義のどっちが答えなのかということではなく、私たちの目指す社会の形や国のあり方、人間にとっての幸せとは何か?という思想が先にあり、そのうえでそれに沿ったルールや方法論が設定されるという考え方をすべきでしょう。それがどこかですり替わった時、私たちは進むべき方向を見失ってしまう。○○主義という言葉に縛られ、多くの人がいつのまにかGDPイコール幸福の物差しだと錯覚を起こしてしまったように。「だから何を望むのか?」というところにもう1回立ち帰らないといけない。アメリカを見ていると、この点をすごく考えさせられます。

――オバマ旋風はどうなったんでしょうか?オバマ大統領はそういった改革を行うということだったのではないですか?

難しいですね。日本の政権交代と同じで、すごく期待は高かったのでですが、蓋を開けたら前政権の政策を強化するばかりで、この2年ほどの間にものすごく貧困が加速したんです。今、アメリカの国民貧困の状態は、私たちの想像を超えてひどいことになっています。失業率も餓死者も医療破産者も増えているし、医療の市場原理支配が進んでいて医療過誤で亡くなる人の数も月に1万5千人にも及んでいる。効率という重圧を受けた医師たちが過剰労働になりミスが起き、それだけの人が死んでゆく、ぞっとする話です。家族に癌患者が一人出れば一家破産です。とにかく、食べていけない、暮らしていけないという状態の人が多い。一方で政府と癒着した業界は想像を超えた利益を得ている。オバマさんの場合選挙マーケティングがとても洗練されていたために、本当に人々を感動させ、心を掴んだのですが、その分現実が目に見えてひどくなった時、国民の怒りが数倍に膨れ上がったのですね。

――軍事が優先されて公共や福祉が追いやられアメリカ国民が苦しんでいる状況の中で、その同盟国の日本はどのようなスタンスを取ったら良いのでしょうか?矛盾だらけなのですが。

『もうひとつの核なき世界』という本も書いたのですが、日本は唯一の被爆国だと言いながら、やっぱりアメリカの核の傘の下にいたり、1945年の原爆は知っていても、それ以降、つまり劣化ウラン弾のような現代の核や世界各地の放射能被害は知らない。チェルノブイリが未だにIAEAから放射能被害を殆ど認知されていないことも知らない。一方で、オバマの『核なき世界』を絶賛しながらも、首相を含む内閣は総力を挙げて原発を海外に売りこんでいた。いまだに安全な処理方法が存在しない放射性廃棄物についても、地震大国の日本が54基の原発に依存している事も、重要な事についての開かれた情報が提供されないままに。矛盾していますよね。最大の問題は、日本ではそういう矛盾を全部並べて議論をする機会がなさすぎることです。人間がやっていることだから、いろんな矛盾があってもしようがない。ただ、だからこそ、それを徹底的に議論して、意見交換して答えを出していくというプロセス自体がどの社会にも必要で、それが日本には抜け落ちていると思います。

――日本人は社会、政治や経済、自分の暮らしや幸せに関わるようなことに対しておとなしい、というかあまり考えられないのかもしれません。

私は、原因は国民性の問題ではなく、「教育」にあると思います。知識を暗記する教育をし続けて、その子たちが社会に出た時に、それじゃあ議論しましょう、貴方の意見は?政治に関心を持ちましょう、といっても無理だと思います。ヨーロッパの人たちを取材していて思うのは、彼らは個を確立する教育をされているので、市民運動などでも自分の意志でその運動をしている、つまり、集団に引っ張られて活動しているのではなく、個の人間が集団になることで運動ができるという特徴があります。だからいつでもしがらみなく抜けられるし、考えが変われば再び戻ることもできる。こういう姿を見ると、教育というのは子どもに知識を教えることではなく、子どもも大人も含めた「市民を育てる」ことが大切だと感じます。むしろそれを国の方針にすべきだと思いますね。実は今、経済成長よりももっと日本にとって急務なのはこちらの方ではないでしょうか。今日本国内で言われている教育や福祉や医療、核や労働問題、メディアのあり方など、いろいろな問題は実はすべて根っこは同じです。もう一度市民を育て、市民が未来を作るプロセスに関わってゆく。そこに初めていい意味での「自己責任」という言葉がちりばめられる。そんな道筋を作れば、絡まった糸がほどけてゆくように様々な問題が解決してゆくのではないかと思っています。教育一つとっても、その内容云々よりも「私たちは日本のために、どんな人間を社会に送り出したいのだろう?」と大人が徹底的に議論する。自分の国の未来を人任せにしないこと。次世代に対し責任を持つとは、そういうことではないでしょうか。

――少し話題を変えます。ソーシャルメディアの利用者が急増して、個人をとりまく情報が爆発的に増えていますが。

Twitterが出てきたりfacebookが出てきたり、新聞を取らなくてもiPhoneがあれば新聞記事が見られるようになった。YouTubeでノーカットの映像も見ることができる。これは、受け手の側からすると、すごくいい時代になってきたと思うんです。コマーシャリズムのメディアがあって、同時にYouTube、facebookのようなフリーのソーシャルメディアがあって、その両方を私たちが手にしている。つまり、コマーシャリズムの物を見て、YouTubeから手つかずの物を見て、それからfacebookで各国の人から意見を聞いて、全部並べて自分で選べるわけです。今まではスポンサーの関係で目にすることができなかった情報なども得ることができる。ただしそれは逆に、受け手の側が関われる時代になったということでもあります。ですから今こそ「メディアリテラシー」が絶対に必要ですね。情報をどうやって選んでいくか、何を物差しにし、どこを優先順位にするのかということを子どもに教える。メディアリテラシー教育という言葉は前からあったけれど、実は今ちゃんと教えようとすると、私たち大人の側の物差しが問われるので大変です。急速に拡大する情報量とアクセス手段の中で迷子になりそうなのは大人も同じですから。優先順位を教えるためにはこちら側の価値観がしっかりしていないといけない。やはりこちらも原点に戻って見直しですね。

――この流れはジャーナリストとしてのお仕事の仕方に影響がありますか?

 【インタビューの後、カフェの外にて】
【インタビューの後、カフェの外にて】

先日、ある人が、「ネット技術がどんどん進んで、情報は個人で機械から得られるようになる。人間のジャーナリストはもう要らなくなるよ」って言ったんです。それを聞いた時、すごく危険だなと思いました。ネットを介して届くニュースはあくまでも「情報」だからです。情報でどれだけ世界のことを知ることができても、それが人間の身に起こっていることだという息遣いまでは伝わってこない。大切なのは、行間に息遣いが現れているかどうかで、それを伝えられなければ、受け手の感覚が麻痺してしまうと思います。技術が進化したとしても、ジャーナリストの役割というのは決して消えません。「人間から情報を取って人間に伝える、そこに人間が存在しているということをきちっと伝える」。それは機械にはできません。人間であるジャーナリストの使命なんです。人間は情報や数字ではありません。だから取材対象を自分の眼で見て、五感で感じるために、「ちゃんと現場に行くということ」、これも情報入手手段が進化する程に、大事になってくることですね。

――ネットの時代だからこそリアルな人間の活動が重要、ということですね。

そうです。そしてもう一つ、ジャーナリストの役割として重要なことがあります。それは、「自分は選択肢を提供している」という意識を持って伝えることです。今、日本ではテレビも新聞も同じ切り口の報道ばかりになったと言われていますよね。本来ならば、それはおかしな話で、一つのニュースをいろいろなメディアが、いろいろな角度から提供してこそ、受け手は選ぶことができるし考えることができる。同じ切り口ばかり並べて、メディアが受け手側の選択肢を奪ってはいけないのです。でもこれも他の問題と同じで、受け手と送り手の両方に、「人間にとってジャーナリズムとは何か」という問いがつきつけられてゆくようになるでしょう。誰が、どの政府が、と言うことではなく、私たち一人一人が立ち止まって原点に戻り、未来を創造してゆくこと。問題が山積みの今だからこそ、チャンスも大きいと信じています。

――ありがとうございました。大変勉強になりました。これからも、貴重な取材、レポートで人間を感じる情報を発信してくださることを期待しています。

(このインタビューは、2011年3月4日に行いました)

堤未果さんプロフィール
ジャーナリスト。東京生まれ。和光小、中、高卒業後、アメリカに留学。ニューヨーク州立大学国際関係論学科卒、ニューヨーク市立大学大学院国際関係論学科修士課程修了。国連、アムネスティインターナショナルNY支局局員を経て、米国野村證券に勤務中に9・11に遭遇。現在はニューヨークと東京間を行き来しながら執筆、講演活動を続けている。

インタビューのちょうど一週間後に東北地方太平洋沖地震が発生しました。堤さんは、奇しくもチェルノブイリの事故や、原発関連のお話もされており、妙な符合を感じざるを得ません。そして、さまざまな矛盾や疑問を感じつつも、それを放置していた私たち日本人は、世界第三位の経済大国の国民ではあっても「市民」ではなかったということを反省すべきなのでしょう。

未経験の困難に直面している日本はこれから大きく変わらざるを得ません。従来の快適さや既成概念を捨てることも数多くあると思います。それは、私たち日本人が「市民」として成長するための重要なプロセスであり、堤さんにはこれからも、常に示唆にあふれた情報を発信しつづけていただきたい、そして、私たちに point of view の選択肢を提示し続けていただきたい、そんな気持ちでいっぱいです。

by ニフティ「想い伝え隊」岡本、大空、高沢
(撮影)瀬津、後藤

「堤 未果」さんからのお知らせ

関連サイトの紹介

● 堤未果オフィシャルウェブサイト
  http://mikatsutsumi.org/

堤さんの著書をご紹介します。

【主な著書】

社会の真実の見つけ方 社会の真実の見つけ方

価格:861円(税込)
ISBN:978-4-00-500673-1
出版社:岩波書店
発行年月:2011/2

もうひとつの核なき世界<br/>真のCHANGEは日本が起こす もうひとつの核なき世界
真のCHANGEは日本が起こす

価格:1,470円(税込)
ISBN:978-4-09-388110-4
出版社:小学館
発行年月:2010/12

報道が教えてくれないアメリカ弱者革命 報道が教えてくれないアメリカ弱者革命

価格:500円(税込)
ISBN:978-4-10-133891-0
出版社:新潮社
発行年月:2010/11

アメリカから〈自由〉が消える アメリカから〈自由〉が消える

価格:735円(税込)
ISBN:978-4-594-06164-7
出版社:扶桑社新書
発行年月:2010/4

ルポ貧困大国アメリカ  2 ルポ貧困大国アメリカ 2

価格:756円(税込)
ISBN:978-4-00-500673-1
出版社:岩波書店
発行年月:2010/1

ルポ貧困大国アメリカ ルポ貧困大国アメリカ

価格:756円(税込)
ISBN:978-4-00-431112-6
出版社:岩波書店
発行年月:2008/1

コミック貧困大国アメリカ コミック貧困大国アメリカ

価格:1,260円(税込)
ISBN:978-4-569-70897-3
出版社:PHP研究所
発行年月:2010/2

正社員が没落する 「貧困スパイラル」を止めろ! 正社員が没落する 「貧困スパイラル」を止めろ!

共著:湯浅誠
価格:760円(税込)
ISBN:978-4-04-710179-1
出版社:角川書店
発行年月:2009/3

報道が教えてくれないアメリカ弱者革命<br/>なぜあの国にまだ希望があるのか 報道が教えてくれないアメリカ弱者革命
なぜあの国にまだ希望があるのか

価格:1,680円(税込)
ISBN: 4-87525-230-7
出版社:海鳴社
発行年月:2006/4

アメリカは変われるか?立ち上がる市民たち! アメリカは変われるか?立ち上がる市民たち!

価格:1,050円(税込)
ISBN:978-4-272-40802-3
出版社:大月書店
発行年月:2009/3

グラウンド・ゼロがくれた希望 グラウンド・ゼロがくれた希望

価格:650円(税込)
978-4-594-05984-2
出版社:扶桑社
発行年月:2009/6

はじめての留学  心の友だち<br/>不安はすべて乗り越えられる! はじめての留学  心の友だち
不安はすべて乗り越えられる!

価格:1,680円(税込)
ISBN: 978-4-569-68981-4
出版社:PHP研究所
発行年月:2009/9

この星の時間  ベスト・エッセイ この星の時間  ベスト・エッセイ

日本文藝家協会編
価格:2,100円(税込)
978-4-89528-487-5
出版社:光村図書出版
発行年月:2010/6

格差社会という不幸 格差社会という不幸

神保・宮台激トーク・オン・デマンド
価格:1,995円(税込)
978-4-393-33295-5
出版社:春秋社
発行年月:2009/12

感動する仕事!泣ける仕事!  4 <br/>お仕事熱血ストーリー 感動する仕事!泣ける仕事!  4
お仕事熱血ストーリー幸

日本児童文芸家協会 編
価格:2,100円(税込)
978-4-05-500708-5
出版社:学研教育出版
発行年月:2011/2

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