水問題が深刻な中国は国全体で水のスマート・ユースを推進し始めています。そしてその普及啓発方策として橋本さんの「水の授業」が活用されています。ダイナミックに動く中国がある一方で、日本は内的、外的な要因で本来豊かであるべき水がさまざまな危機にさらされていますが今ひとつ動きが悪い。持続可能な社会のためにも私たちは水問題をもっと知り、考えること、すなわち「水リテラシー」が必要だと橋本さんは主張されます。
--さて、最近、西日本を中心に山林での土砂災害の発生が相次いでいますね。森の一部がえぐられたように木がなくなっている映像を何度も見ますが、あのような災害も水の循環と関係がありますか?
大いにあります。現場はほとんどが手付かずの人工林だと思います。人工林というのはもともと手を加えなければ育たないんです。かつて日本では、枝が少ない真直ぐな材木を生産するためにスギやヒノキを密植してきた。本来は木の生長に応じて間伐される予定だったのが、国産木材の市場性の問題でそのまま放置されたんですね。人工林を見ると直径20 cmくらいの生育の止まった細い木ばかりです。こういう木だけで下草も生えていない森は水源となる水をしみこませることができないばかりか土砂崩れを防ぐための土をグリップする力もない。2009年8月に兵庫県で起きた土砂災害では人工林から立ち木がそのまま流されて川をふさいで、決壊して被害を大きくしたんですね。上流の森がもうちょっと元気だったら雨が降ってもしみこむ力があっただろうし、水を湧き出す力もあったでしょう。手入れをしていない人工林は森としての機能を果たすことができないんです。
--どのような状態の森が健全だといえるのでしょうか?
健全な森ではスギやヒノキなどの根は、ほかの広葉樹林の根や下草の根にがっちりと絡み合って、土や水が流れ出さないようになっているんです。土壌も違います。土を掘ってみると、泥の団子のようなものがいくつも出てきて、それが柔らかい土の間に点在しています。細かい土の上に山椒のようなものが散らばっている感じです。感触はふかふかでミミズや微生物など掘るとけっこう生き物が出てきます。逆に、荒れた森では土と土が硬くくっついていて生き物もあまり見られない。つまり、森というのは木だけではなく、森と土壌と生物とかもすべて含めて森なんですね。
--森が荒れていくと、私たちの水源としての水への影響はどうなのでしょうか?
よく富士の湧き水っていいますよね。富士山の伏流水は有名なおいしい水です。ところが、ある調査で、富士山の伏流水だと思っていた水が、ただ山肌を流れていただけの水だったということがわかったんです。これはどういうことなのか…、山が水を吸わなくなっているということなんです。本当は山に浸み込んで何年もかかって出て来るべき水なのですが、山にちょこっと溜まって浅く山肌を巡ってピュッと出ただけのろ過されていない水だったんですね。この問題は富士山周辺だけの問題ではないんです。
--ほかの国から羨ましがられるほど森と水に恵まれた日本がそのような状態だということは思いも寄らなかったのですが…。

日本は森が豊かで水が豊富だってみんな思っていますよね。日本に水があるというのは、森が豊かであるからで、僕もあたり前のように日本は森が豊かだ、という言葉を使ってしまうんですけれども、実際に行ってみると水源となるような森がものすごく荒れている現実があります。日本は本当にレイチェル・カーソン(*)がいったような森になってしまっているんです。森が荒れると土砂も流れてしまうし、立ち木も流れてしまう。日本という国は山の高いところから海までの距離が短い、滑り台みたいな地形なんですが、今までは森に充分な保水力があることで水が溜められたんですね。日本各地の森の保水力がなくなってしまうと、富士山の山肌を水が駆け下るようなことがあちこちで起きるということが予想される訳です。それは日本にとっては、豊かだった水が減ってくるという渇水の問題と、洪水をもたらすという2つの面での危機になるということなのです。
(*) レイチェル・カーソン アメリカ合衆国の生物学者(1907-1964) 海洋生物学者として
政府系機関に勤務する傍ら執筆活動を行う。1962年の『沈黙の春』は農薬類による
環境破壊の問題を告発した書として有名。
--日本の水に関してはどうしても楽天的に考えがちなのですが、森の現状をお聞きし、日本の水事情もかなり心配になってきました。さて、話は変わりますが、橋本さんはお隣の中国でも水の授業を展開されているとお聞きしておりますが…。
はい。1年半前から始まったJICAのプロジェクトに、中国で節水循環型の都市づくりをしましょうというプロジェクトがあります。最初は日本の制度作りの専門家と技術の専門家が行っていましたが、僕は普及啓発活動の専門家として招かれました。
--確か中国は水不足でけっこう大変な状況と聞いていますがどのくらいのレベルなのでしょうか?

かなり厳しい状況です。特に北部は深刻です。昔から中国北部は慢性的に水が少ないのですが、中国を代表する河の一つである黄河でいうと、流域の水の使用量が増えた結果、ついに下流に水が来なくなる断流現象が起きているんですね。一方で北京市などは地下水を利用していますが、もう地下水利用だけでは持たなくなっている。中国は南水北調計画といって、長江(揚子江)の水を上流、中流、下流からそれぞれ取水して北部に送ろうという大規模な国家プロジェクトを始めていますが、それだと水の価格が今の10倍以上にもなってしまう。南水北調だけに頼っていると経済的に厳しいということで、再生水利用や雨水利用がものすごく進んできています。
--中国はドラスティックでスピーディに動いていくイメージがありますが、橋本さんが招聘されたということは、国民が水を利用する際の意識づけについても国として動いているということですね。
手のひらを返すように方針が変わるのも早いです(笑)。実際に去年中国を訪問したときは、中国の節水モデルプロジェクトをやっている町のトップから、「教育は必要ないから技術をもってこい!」とか「日本の節水技術は今どうなっているのか?」とかいわれて、これは場違いなところに来てしまったなあと思っていたんです。ところが、何度か行っているうちに、中国側の考え方がずいぶん変わってきた。教育によって市民の水使用量を下げようという動きが起きてきました。これは、中国の水利部という日本の厚生労働省と国土交通省の水の分野を横断しているような省庁が動き始めたんですね。そしてその動きは今や日本より盛んになってしまったかもしれません。中国では節水というと単に使う水を節約するだけではなく水全体を賢く使うこと、いわゆるスマート・ユースのことを指すのですが、「節水リーダー」を各都市に育てて普及啓発しようという計画なんです。
--その「節水リーダー」が水の授業を展開をされているのですか?

そうです。中国の水利部と日本の文科省にあたるところが一緒になって、学校で水教育をやりたいということになり、今年の1月に本格的にプロジェクトが始動しました。僕が、北京市など3つのモデル都市の小学校で授業をした後、それぞれの都市の節水リーダー候補者たちに実際の授業のやり方を教えました。そして、この5月に中国初の節水リーダー22人が誕生して彼らが水の授業の活動を始めています。また半年くらい経った頃にフォローアップに行く予定です。中国で気付いたことですが、中国とひとことでいっても、ある一つの省が日本と同じくらいの面積と人口を持っているので、省によって文化的なものも違うし水の問題も違う。ですからカリキュラムは、基本的な柱は同じですが、それぞれの都市の事情に合うように内容をカスタマイズしました。
--失礼ながら私が抱く中国のイメージはあまり環境に配慮せずに水を大量取水、大量排水する国だったのですがどうも誤解していたようです。21世紀的な水の利用に関しては日本より中国の方が進んでいきそうですね。

恐らく進んでいくでしょう。この間も中国で海水淡水化の話が出たときに、彼らは、あれはエネルギーコストも高いし大量の産業廃棄物が出るからやらない、といっていたのに驚かされました。つい最近までは「水が欲しいからどんどんやれっ!」という雰囲気だったんですけど…。コスト意識や環境意識も出てきて中国も急速に何かが変わりつつあるという印象があります。
--国の機動力を感じますね。それに比べて日本はのんびりしているというか…。
中国は組織と仕組みとお金の流れがピタッと決まると一丸となって動き出します。一方、日本は、ある特定の小さなゾーンの中でも役所が違うために別々に管理したり動いたりしているんです。さっきお話した森の保全の役割も今は林野庁がやろうとしていますが、あそこはもともと林業を活性化する役目を持っているので本来の仕事とはちょっと外れているんですね。環境省も動きにくいし林野庁も動きにくい、狭間の仕事みたいになってしまっている。国土の保全という大切な仕事なのに、みんなが尻ごみしている状態です。今の体制ではトータルでいろいろな課題を見る視点を持っていても、関係省庁が連携するのはなかなか難しい問題です。
--なんとか解決する方策はないのでしょうか?
僕も政治家の方の勉強会とかに呼ばれたときには、水をめぐってどういう問題があるかという話をしています。例えば、日本の森が他国に買われてしまう危険性であるとか、このままだと森が荒廃してしまう、など…、そしてそれらはどういう法律を作れば予防できるかというような話もよくしています。僕たちは、なるべくそういう課題を見つけて主張して世論を作っていくことが大切なんだと思います。世論を作れば国も対応せざるを得ないと思います。
--行政をしっかり見て主張する、そのためにももっと森や水のことを学んで、考えを深めないとならないですね。
実は、日本には、他にもいろいろな水問題が山積しています。今日は詳しくお話ししませんでしたが、全国の水道事業の経営は危ない状態にあります。今後は水道料金の値上げや外資系企業に水道事業の一部を委託するようなケースが増えていくでしょう。また、日本では不動産売買によって水利用の権利も簡単に取得することができるので、水源の森が外国企業に狙われている。グローバル化の流れの中で日本の水はもう日本人だけのものではなくなりつつあるんです。これらの課題を乗り越えるためにも、自分たちの水がどのような状況に置かれて、私たちが水の恩恵を持続的に受け続けるためにはどうしたらよいかを考えるための「水リテラシー」を一人ひとりが身に付けることが大事なんだと思います。
--なるほど、ぼんやりと構えていると私たち日本人もいずれ水に困る国になってしまう、そんな怖さを感じます。最後に、橋本さんの今後の活動のご計画などをお教えください。
今、やってみたいことが2つあります。ひとつは、世界のいろいろな水の困りごとを集めてみたいということです。水の問題に貢献したいという人が多いのですが、実際に細かなニーズが分かっていないために場違いなものを提供してしまうことがよくあります。対象となる人々が何に困っているのかが分かり、貢献が失敗に終わらないような情報収集と集約の仕組みを作ろうかなと思っています。もう一つは、歴史とか博物学とか考古学をやっている人たちと水具(すいぐ)の百科事典みたいなものを作ってみたいなと思っています。都市型の最新のテクノロジーに頼らなくても、発展途上国や都市でないところでも使える道具、いわゆる水具があると思うんですね。これまでの世界の中での水具、歴史上の水具の中には何か使えるものがあるかもしれない。そういうものを集めてみたいと考えています。さらにいうと、クリエーターとかデザイナーとかそういう人と困りごとを解決するような水具を作ってみたいですね。発想とデザインの力で解決できるものも必ずあると思います。
--さらに一歩前進されるという感じですね。世界の水問題解決のために、また日本の水を守るためにも、ますますご活躍されることをご期待申し上げます。本日はどうもありがとうございました。
今まで日本は豊かな森と水に恵まれているからとりあえず安心、と考えていましたが日本の水が置かれた危機的な状況は予想を上回るものがありました。私たちは大切な日本の水を守るために、水のスマート・ユースに留意することはもちろん、社会や経済の動きの中で水に関する項目にセンシティブになり自分の考えを持ち主張すべきことは主張していくといった姿勢が必要なのでしょう。橋本さん、貴重なお話をありがとうございました。
by ニフティ「想い伝え隊」岡本、宮坂
テレビ放映
●『とことんハテナ』
8月29日(土)18:30よりテレビ東京系『とことんハテナ』に橋本淳司さんが出演されます。
http://www.tv-tokyo.co.jp/tokoton/
関連サイトの紹介
●「みずのがっこう」
橋本淳司さんが副校長をつとめる「みずのがっこう」(Think the Earthプロジェクト主催)
からのお知らせです。
http://www.thinktheearth.net/jp/waterplanet/
●アクアスフィア 橋本淳司事務所のホームページ
http://www.aqua-sphere.net/index.html
関連書籍の紹介
橋本さんの著書をご紹介します
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67億人の水 「争奪」から「持続可能」へ |
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明日の水は大丈夫? |
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世界が水を奪い合う日・日本が水を奪われる日 ? |
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