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Vol.19 近藤尚己さん(後編) 医師として社会の健康を考える

人間について科学的に勉強したいという気持ちで医者を目指された近藤さん。後編では社会が健康にどのように影響しているのかなど、ご自身の研究結果の事例をもとに詳しくお話をお伺いします。

――社会格差と健康に関する研究のため渡米されたわけですが、ハーバード大学のイチロー・カワチ先生も格差と健康の関わりの研究をされてこられた方ですか?

ハーバード大学医学部前にてお子さんといっしょに
【ハーバード大学医学部前にて
お子さんといっしょに】

イチロー・カワチ先生は、ハーバード大学公衆衛生学大学院の社会疫学の教授で、社会疫学の第一人者です。カワチ先生は、ごく簡単に言うと、所得格差が少なく、人間関係が豊かな地域に住むほど、様々な理由で長生きできるのではないか、といった内容の研究をされてきた方です。日本人ですが、ニュージーランドで医学部を出てアメリカに渡られました。
僕が研究計画といっしょに、留学したい旨の手紙を送ったら「ぜひ来てください。ただし、お金(留学資金)は自分で持ってきてください。」(笑)と世界的に著名な方にしては大変気さくに受けていただきました。幸いにも公募されていた奨学金を戴くことができ、無事留学が決定しました。

――社会の所得格差が大きくなると貧困層だけでなく中間層や高所得者層も死亡率が増加することを世界各国のデータをもとに検証され、今回、英国医学誌に研究結果として発表されていますが、世界各国の格差はどういった指標で比較されたのでしょうか?

格差の指標はジニ係数という所得配分の不平等さを測る係数を使いました。係数の値が0に近いほど格差が少ない状態で、1に近いほど格差が大きい状態を意味します。2000年のジニ係数が0.3以上なのは、経済開発協力機構(OECD)加盟30ヵ国中、日本やアメリカなど15ヵ国でした。日本はジニ係数0.314で年間2万3,000人、アメリカは0.357で88万人が所得格差が原因で亡くなっていると推計されます。
ただし、これはあくまで推計値で、まだまだ精度を上げなくてはいけない数だということにご留意いただきたいと思います。大切なのは、社会格差が一定以上上昇すると、世の中のいろいろなシステムがうまくいかなくなり、また人々に過剰にストレスがかかるために、貧しい人だけでなくお金持ちも不健康になる、ということが客観的に示された、ということです。

――世界各国のデータをもとに研究されていらっしゃいますが、世界と日本を比較した場合、日本ならではの特徴のようなものがありますか?

資料について説明する近藤さん
【資料について説明する近藤さん】

ほとんどの諸外国では、不況になると健康格差が開くんです。調査研究の中でも貧しいと不健康になるということがすでに相当明らかになっています。ところが、私たちが行った別の研究の結果、失業者の健康度は不況に関わらず、ずっと悪いというのは他国といっしょなのですが、日本の場合、ちゃんと職業を持っていてオフィスワークをしているような、いわゆるホワイトカラーと言われるような人たちの健康状態が相対的に悪くなるという特徴がありました。さらに、自殺者の数を見てみると、日本では男性の自殺者が40才代を中心にボーンと増えるんです。特に98年以降にその自殺者の波が大きくなった。その頃の経済状況で一番健康被害を受けたのはビジネスマンの人たちなのではないか、と思われます。そしてそれ以来、自殺者は3万人を超え続けています。

――日本の自殺率は欧米先進国と比較して高いですよね。

例えば、97、8年にアジア通貨危機があって、日本ではいわゆるバブル崩壊と重なりました。その直後、韓国では自殺者数がばーんと急上昇しましたが、すぐにおさまっています。一方、アジア通貨危機をいっしょに経験した諸外国と日本を比較すると、日本は韓国やインドネシア、タイといった国々ほど経済的な大打撃を受けていないのにもかかわらず、日本の自殺者数の増加率は飛び抜けて大きく、しかも、韓国のようにすぐに低下せずに、その後ずっと現在まで高止まりしています。
日本で諸外国にない何か特別のことが起こったのではないかと考えて、いろいろ調べてみると、例えばバブル崩壊後、日本の労働文化や就業環境が大きく変わったことがひとつの理由ではないかと思えてきます。終身雇用や年功序列といった伝統的な雇用体系が崩れ、成果主義が導入されましたし、海外からの安い労働力も入ってきました。今、ちょうど、そういった考察と検証を進めていて、まもなく論文を発表する予定です。

――近藤さんの研究は、最初に仮説を立て、それを検証するという手法で進められていますが、検証のために使うデータはどうやって入手されるのですか?

世界のデータについては、研究者の利用申請を受け入れている国際機関や各国政府、世界中の研究機関によって調査されたデータを利用しています。また、日本では健康や暮らしぶり、経済統計とかいろいろな統計が政府によってとられています。日本の場合、まだまだ手続きが大変で制約も多いのですが、それを利用申請して使います。
さらに、地域の人たちの健康に関するデータを取って、その人たちがその後どのような病気になるのかを長期にわたって追跡するような独自調査のアプローチもとります。

――2009年10月に第68回日本公衆衛生学会学術総会の最優秀演題賞を受賞された研究は、まさに独自調査で取得された山梨県内の高齢者600名の方のデータをもとにまとめられた研究ですね。

インタビューの様子
【インタビューの様子】

そうですね。これはもともと、2003年に山梨大学医学部社会医学講座(山縣然太朗教授)と山梨県とが共同で行った「山梨健康寿命実態調査」に協力いただいた方々の健康状態を現在まで追跡した研究です。調査対象の方々には、事前にインタビューを行い、その後は調査報告などの交流を持ちながら、毎年追跡調査を行っています。この研究で知り合った方々とはもう7年くらいのおつきあいで、最近では「自分が関わっている研究からいろんなことがわかっていくことがうれしい」といった内容の手紙をもらうこともあり、とても励まされます。

――県内の高齢者の方を対象にどういったことを研究されたのですか?

ソーシャル・キャピタルと言われる、いわば「地域の結束力」が健康に与える影響について研究しました。互いに気を許せ、困った時に助けあえるような理想的な関係が作られている場合は健康によい効果をもたらす反面、人間関係を維持していくための責任やストレスが重すぎる場合は逆効果になる可能性を検証しました。
例えば、保険医療制度を充実させたいと思う人たちと、全然メリットがないと反対する人たちがいるとします。お互いに知っていれば、ちょっと譲歩しようという気持ちが生まれますが、全く知らない他人同士だとまとまらなくなります。まとまらないと、最終的に出てくるサービス(保険医療制度)の質が悪くなって、サービスを受けられない人が不健康になります。また、別の視点から、人同士が対立しあっていることがストレスの元凶となり、そのストレスによって健康が損なわれるということもあります。

――格差社会やソーシャル・キャピタルと言われる地域の結束力が健康に影響を与えているということをデータでもって証明されたわけですが、今後、この結果がどのように社会に活かされればいいとお考えですか?

健康でいたいというのは誰もが同じ思いだと思うんです。僕は、格差社会がいいとか悪いとか議論をするにあたり、格差が健康にいいのか悪いのかをはっきりさせることで議論に必要な情報を提供できるのではという気持ちでこの研究をしてきました。こういった研究結果を、広く一般の人たちとか、政策に携わる人たちに知ってもらい、議論の材料として使っていただければと思います。

――そういった判断材料となるためには、継続的に数値を更新し、経年の変化を見ていく必要がありますね。

研究結果を発表する近藤先生
【研究結果を発表する近藤先生】

それは非常に重要で、格差をモニタリングしていく制度を作るべきだと思っています。国民の健康状態、健康格差、経済格差を継続的に評価して公表していくことで、おかしな状態にならないように監視していくことが重要だと感じています。

――最後に一言お願いします。

世の中には、地域の中や政治の中心で様々な活動をされている方がたくさんいらっしゃいます。
僕は、学者という立場で、今、何が起きているのか、今後何が起こりうるのか、という視点で、可能な限り“真実”に近いことを追究し、情報として提供することで社会貢献したいと思います。

――どうもありがとうございました。

今回のインタビューでは社会や文化、環境というものがいかに国民の健康に影響を与えるのかということを知りました。
近藤さんは、自分はあくまでも科学者の立場で正確なデータを提供するのみ、行政がその情報を活用して政策立案を行い課題の改善をして欲しいと控えめに語られますが、その根底には人の健康とよい社会を願う熱い想いを感じることができました。今後も、私たちが健康な生活を送れるよう、いろいろな研究を続けていただきたいと思います。

by ニフティ「想い伝え隊」宮坂、岡本、岩渕

「近藤尚己」さんからのお知らせ

●近藤尚己さんプロフィール
  http://www.med.yamanashi.ac.jp/social/heal0sci/syoukai/kondo.html

●「格差社会のストレスは命を縮める」ことを検証した論文
  http://www.bmj.com/cgi/content/full/339/nov10_2/b4471

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