みんなが健康で幸せになれる社会について考えたいという想いから、社会の所得格差が大きくなると貧困層だけでなく中間層や高所得者層も死亡率が増加することを検証し、英国医学誌に発表した研究グループの中で中心的役割を果たされた山梨大学医学部助教の近藤尚己さん。人間について科学的に勉強したいという気持ちで医師になられた近藤さんに社会や経済が健康にどのように影響を及ぼしているのか、また医学と社会の関わりなどについてお話をお伺いしました。
――最初に、医者を目指そうと思った時期や動機について教えてください。
高校の時に医学部に行こうと思いました。医者としてやっていくというよりは、医学の勉強をしたいという気持ちが強かったです。
高校の通学途中、ロックバンド仲間と環境問題とか社会問題などをテーマにいろいろな議論をしているうちに、人間って何なのかよくわからないという疑問がわいてきて、人間について勉強をしてみたいという気持ちになりました。
哲学など、文系の学部に進むという手もあったのですが、理科が好きで理系を選択していたので、科学的に人間について勉強したいと思って医学部を選びました。
――近藤さんがご専門にされている疫学や公衆衛生はどういった学問ですか。
疫学というのは、人の集団を使って、環境が病気や健康状態にどのような影響を与えているかを調べる学問です。例えば、タバコ。今「タバコは体に悪い」と言われてますけど、これは、イギリスのリチャード・ドール博士が、地域の人々の暮らしぶりや生活習慣について何十年も追跡し、誰が病気になりやすいかを観察した結果、どうも喫煙者の方が肺がんなどの病気になりやすく、寿命も短いことを発見し、世界で初めて報告したことから明らかになったものです。また、今、流行っている新型インフルエンザが、どれだけ、どういうふうに広まってきたのかを見るのも疫学の役割です。似た名前の分野に免疫学がありますが、これは、体の中で免疫がどう働いているのかを解明するもので、疫学は集団の中で病気がどう広がっているのかを見ていくのです。その中でも、僕は特に、社会疫学を専門にしています。
公衆衛生(英語ではパブリック・ヘルス:Public Healthと言います)は、疫学でわかったことを使って病気をどう予防するかを考え、実際にそれを行って、人々の健康を改善していく様々な活動のことを言います。
――疫学の中の社会疫学について、具体的に教えてください。
例えば、タバコで肺を病んだり、運動不足で太った人が健診で引っかかって精密検査のために病院に行くと、医者はまず検査の前に、「運動しなさい」「タバコをやめなさい」と言いますね。でも、中には、そういった習慣を“理由あって”変えられない人もたくさんいます。僕は、その“理由”として、人間関係や働き方、経済の仕組みなど、社会のあり様や、人と社会との関わりが重要で、それらが人々の生活習慣や健康に影響を与えているのではないかと思って研究をしています。社会格差もそのような要因のひとつです。
――社会疫学や公衆衛生学は、近藤さんが高校時代に希望されていた人間について学べる学問なんですね。専門を選ぶにあたり、何かきっかけとなるような出来事があったのでしょうか。

僕が大学2年の時、ちょうど薬害エイズ事件が和解をするっていう時期でした。1才年下の川田龍平君が、薬害エイズ事件の原告として和解に向けた活動をすごくがんばっているのを見て、僕も何かやらなきゃいけないと思いました。当時、原告の皆さんを支援する会が全国にあったのですが、友達といっしょにそこの支部を山梨県に作って、和解前に、山梨県内の大きなホールを借りて、400人くらい集めて、和解に向けて盛り上げようという集会を開きました。和解後も問題は終わったわけではなかったので、大学在学中、数年の間、支援活動を継続しました。そういった活動をしていく中で、社会と健康ということについて勉強したいというふうに思っていきました。
――社会と健康について、その因果関係をデータによってはっきりさせるのは、なかなか困難な作業だと思いますが、どのように進められているのでしょうか?
因果関係をちゃんとはっきりさせるというのは理想ですけど、世の中複雑ですし、そんなに完璧なデータが取れるわけではありません。どこかで覚悟を決めて、もし、健康によくない、危険な要因がある、とある程度疑われるならば、そこには介入していって改善していくことも必要かと思います。
薬害エイズ問題も因果関係がはっきりしない、それならほっとけってことが問題につながってしまった。重大な副作用が疑わしいなら、それは使わないということも大切なんです。今、議論になっているのは、インフルエンザ治療薬による異常行動の話です。この治療薬内服と異常行動とに因果関係があるかをきちんと検証することはとても難しいのですが、万が一、本当に影響があった時は取り返しがつかないので、怪しいなら、注意しながら使わなければというスタンスで今のところ世の中は動いています。社会と科学が対話を続けるながら方針を決めていくという感じですね。
――社会を対象にした医学ということで、今までいくつか研究されてきていらっしゃいますが、先日イギリスの医学誌に発表された社会の格差がどれだけどのように健康に悪影響を与えるのかについての研究結果について教えてください。
この研究は、研究留学先であるアメリカのハーバード大学のグループとの共同研究でした。社会の所得格差が大きくなると貧困層だけでなく中間層や高所得者層も死亡率が増加することをメタ分析という方法で検証し、結論を導きだしたものです。
――社会格差と健康に関する研究を選ばれた理由は何ですか?
スブラマニアン准教授といっしょに】
以前から格差問題っていうのは相当叫ばれていたんですが、その議論は、格差がある方がいいとかない方がいいってところでストップしていた気がします。僕は、いいとか悪いと評価するためには、そこに暮らす人が幸せだったりとか、幸せであるために非常に重要な条件となる健康というものを指標にするのが妥当なんじゃないかと思いました。格差が広がると健康が損なわれるのかどうか、ということを科学的に検証してみたいと思い、社会疫学の基礎を築いてこられたハーバード大学のイチロー・カワチ先生を訪ねて渡米したわけです。(後編に続く)
高校生時代、すでに「人間を科学的に研究したい」という意志を持たれ医学を目指された近藤さん。後編では、渡米して研究されて検証された格差社会をはじめ社会の変化が人間の健康に与える影響や今後の研究への想いについてのお話をお伺いします。
by ニフティ「想い伝え隊」宮坂、岡本、岩渕
●近藤尚己さんプロフィール
http://www.med.yamanashi.ac.jp/social/heal0sci/syoukai/kondo.html
●「格差社会のストレスは命を縮める」ことを検証した論文
http://www.bmj.com/cgi/content/full/339/nov10_2/b4471
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