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Vol.17 坂東三津五郎さん(後編) 日本文化を残したい

2006年に日本芸術院賞、2009年3月に松尾芸能賞大賞、4月に紫綬褒章を受章され、活躍を続けられている歌舞伎役者の十代目坂東三津五郎さん。後編では、歌舞伎や歌舞伎舞踊のお稽古の移り変わり、現代人の日本文化への意識、歌舞伎や歌舞伎舞踊の現在と未来のことなどについて、幅広くお話を伺いました。

――舞踊や歌舞伎の稽古法、鍛錬のしかたというのはどのようなものでしょうか?

お嬢様に踊りの稽古をつける十代目三津五郎丈
【お嬢様に踊りの稽古をつける十代目三津五郎丈】

歌舞伎舞踊の場合は、まずは基礎を学んで、それから練習する一曲一曲を重ねることによって、いろんな技術を身につけていくのが普通ですが、私の父の教え方は曲の振りを100ためるよりも、一つの踊りがきちんと踊れるようにという方針で、そう、スポーツに似た感じの仕込まれ方でした。
歌舞伎は、毎月25日間仕事、芝居がありますんで、残りの4日か5日で稽古してすぐまた初日。つまり、すぐ実践です。泳げない人をいきなりプールに飛び込ませて、なんとか形をつけて泳ぐみたいな。お芝居の基礎となる踊りやお三味線、長唄の稽古とか、そういう一般教養のようなものは日頃ちゃんと鍛えておかなければいけません。面倒くさいけれど日頃の鍛錬がちゃんとできているかできてないかが後になってものをいってきちゃいますね。

――昔と今で、稽古方法が変わってきたということはありますか?

今はお稽古をするにもビデオやCDが使われていますが、昔は、すべて見て覚えないとだめでした。後で見ればいいってことがないわけです。江戸時代から今日に伝えてきた人達の苦労っていうのはすごいと思います。だってテープも無い、写真も無い、全部人間の記憶の中に残していく。それは踊りだけじゃないんです。三味線もお囃子も、全部マンツーマンで稽古して覚えて、それでまた伝えていくわけです。CDやテープが無い、以前のお師匠さんっていうのは、踊りでやる曲を全部弾けなきゃいけなかったんです。長唄であれ、清元であれ、常磐津であれ、踊れる曲を全部一人で弾いて、口三味線で言いながらお稽古するわけですから、みなさん大変な努力をしてこられたわけですよ。その上で、今成り立っている。

――三津五郎さんは、お稽古にビデオやCDを使われたのでしょうか?

僕はぎりぎり見て覚えた世代なんです。僕の父の世代までは機械に頼らず、全部頭の中に叩き込まれていて、「ここはどうでしたっけ?」と聞いたら、「そこはこうだよ。」と即座に出てくる。昔の人の教え方っていうのは、どうしてああバンって、言い切れるのかと考えると、やっぱり自分の覚えた事にすごい自信を持ってた。芸を自分の飯の種と考え、身体一つで覚えてきた人のすごさを感じますね。

――教え方ということに関しては、昔と今と違いがありますか?

昔は、師匠が「カラスは白いんだ。」って言ったら「カラスの色は白いです。」って言わなきゃいけなかったわけです。「いや、師匠おかしいです。カラスは黒いです」なんて絶対に言えないんです。
でも、太平洋戦争が終わって、新しい憲法ができて、個人の基本的人権の尊重というものができてから、師弟関係のあり方が変わりましたね。自分達は新しい憲法のもとで教育を受けてますから、「いや僕はこうやってるよ。だからこっちのほうがいいと思う。」とか、「君にはそれよりこっちのほうが合ってると思うから、こうやったほうがいいんじゃないか。」ってことは言うけれど、「君のやってることは違うよ!」「駄目だよ!」とはなかなか言えないですよね。
ただ、師匠の教えをきちっと守るってことが、教えてくださった方に対する礼儀でもあるという考え方は大事。「それは違う。違うことをやるんだったら俺に聞いても無駄だから来ないでくれ。言うとおりにやるんだったら教えてやる。」みたいな。

――今、三津五郎さんが教える立場になられて、稽古のつけ方はかなり緩やかになっているということですか?

稽古中の十代目三津五郎丈
【稽古中の十代目三津五郎丈】

緩やかですね。教える時に、断定したり怒鳴ったりできない。丁寧に教えるっていう感じになります。
だから、受け止める側のセンスで、逆に差がでてきちゃう様な気がする。
できない奴をできないって、「がーっ」て怒鳴るんだったら、自分自身ができてないって自覚するじゃないですか。でもそういうことを言わないってことは、わかる子は「いや、でもこれはもっとそれ以上に言葉がある筈だ。」ともっと訊ねてくるでしょう?わかんない子はそれでいいと思っちゃうから、受け止める側の姿勢、本当に学ぼうと思ってるのか、通り一遍だけ解りゃいいやって思ってるのかの差が、こっちがお節介じゃない分、うんと大きくなっちゃう。

――今は、自分自身に向上心が無いと上にいけないんですね。

そうですね。
駄目な奴を殴ってでもなんとかしてやろうなんて、今、誰もできないじゃないですか。だから伸びようと思う自分の姿勢の強さがないと駄目でしょうねぇ。

――現代の決め付けない、優しい教え方が逆にプラスになっていることはないでしょうか?

あんまり無いと思いますね。
褒めたほうが育つっていうやりかたはもちろんありますが、違うこと、間違ったことをした時にちゃんと指摘できるという姿勢や態度は、やっぱり必要だと思います。間違ったときに「間違った。」と言えないのは、また別の弊害が出てきてしまうので、最近は少し煩わしいと思われても、言わなきゃ駄目だなって思うようにもなりました。
あと、僕らは、大先輩の前を通るときは、もう、息を止めるくらい怖かったんですけど、そういう雰囲気が今はありません。非常に明るくて家族的でいい雰囲気ではあるんだろうけど、やっぱりお客様の目は怖いですからね。そんな馴れ合いのものは見たくないでしょうし。きちっとしのぎを削る、修業をしていく、人が磨かれていく姿にお客様は感動を覚えられるんだと思うので、そういう意味では、プラスの部分はあるかもしれませんけど、失う部分のほうが大きいかな。

――歌舞伎を支える観客や愛好者の拡大ということについて、課題や問題といったものはございますでしょうか。また、その未来については、どのようにお考えですか?

歌舞伎は商業演劇で、エンターテインメントとしては優れたものですから、滅びることは無いと思いますが、舞台の上と観客席が共感しあう部分が、やっぱりだんだん変わってくると思いますね。
僕らは江戸時代に完成された歌舞伎を演じる。つまり、この平成21年に生きていながら、人生の半分は舞台の上で江戸時代を生きているわけですよ。江戸の生活っていうものを常に身近に感じるように僕らは努力してますけど、ご覧になるお客様側はそんなものはもう今、無いわけですよね、ほとんど。だから歌舞伎云々の楽しみ方って、変わってくるとは思います。
江戸の情緒なり、風情なり、江戸の人の格好良さなりを歌舞伎で再現して、また受け止める側もそれを「鳶頭は格好いい」という感覚で観ていたものが、今後は、江戸という背景が抜きになって、楽しみ方も変わってくるかもしれないと思います。歌舞伎は観に行くものだから大丈夫だけど、実際に習うもの、日本舞踊とかお茶とかね、そういうものはこれからどうなんですかねぇ?

――日々の生活の中で、日本古来の文化に触れる機会が少なくなっているとお考えですか?

昔は、嫁に行くときに日本人の畳の生活、着物を着る生活がきちっと身につけられるようにということで、躾のために日本舞踊とかお茶を習わせる人が多かったんです。でも今は家に畳が無い、着物も着なくていい、となったら、日本舞踊やお茶は全然必要ありません。
去年、京都の観光客が5,000万人を超えたとニュースで聞きました。この数字には外国の方も含まれてますが、日本人の2人に1人は京都に行ってる計算になります。京都に何しに行くのかって言ったら、古いものを見に行くわけですよね。古いものは京都と奈良にあればいい、で、たまに行けばいい。古典芸能もやってる人が守ってくれればいい。誰かがやってるんでしょって感じで、それはちょっとおかしいと思います。
そうじゃなくて、本当の文化っていうのは、1年に1回着物を着るとか、1年に1回歌舞伎を観る日をつくるとか、能楽堂に行ってみるとか、自分の生活の中に取り入れなきゃいけなくて、人に押し付けるものじゃないと思います。自分の生活はどんどん新しくして、古いというか伝統的な生活は、美術館か博物館の様に、そこの人だけに任せるっていうのはなんかちょっと在り方が違うのかなって。

――今後、日本文化を守っていくためには、どのようなことが必要だとお考えですか?

インタビュー中の十代目三津五郎さん
【インタビュー中の十代目三津五郎さん】

これは知り合いに聞いた話なんですけど、成人式で初めて着物を着る人は、手を通すまでが恐々になっちゃうけど、子どもの頃に一度でも着たことがある人は、その間十何年ブランクがあっても着物にスッと手が入るそうです。多分それは歌舞伎だって同じだと思うんですよ。大人になってから歌舞伎座のような建物に自分で入ろうと思ったら、敷居がこんなに高いけど、子供のときに1回連れてってもらったことがあるってなれば、スッと入れると思います。
僕は歌舞伎座で舞台をやりながら客席を見たときに・・・歌舞伎の切符って高いじゃないですか、一万いくらするのに子供にちゃんと席を与えて観せてる親御さんがいると、「あなたは偉い!」って握手しに行きたくなっちゃう。ほんとに。その1回が後に大きな影響になるわけでしょ。
バレエに連れてってもいい、日本舞踊、歌舞伎でもいい、能でもいい。博物館でも美術館でも旅行でも色んな経験をさせて、必ずその中に日本文化も外国文化と同じだけ経験の機会を与えてあげることが大事だと思います。

――今日はありがとうございました。

歌舞伎についてお話をされる三津五郎さんから、坂東家の「芸を継ぐ」ということへの執念とともに、歌舞伎という伝統文化だけではなく、古き良き日本の文化を大切にされる姿勢を感じました。これからの更なるご活躍をお祈り申し上げます。

by ニフティ「想い伝え隊」横田、宮坂

「坂東三津五郎」さんからのお知らせ

書籍の紹介

坂東三津五郎さんの著書を紹介いたします。

坂東三津五郎歌舞伎の愉しみ 坂東三津五郎歌舞伎の愉しみ

税込価格:1,995円(税込)
ISBN:978-4-00-024442-8
出版社:岩波書店
発行年月:2008.7
世話物・時代物をどう観るか、踊りの魅力とは、荒事・和事をどう愉しむか、新作の可能性とは──など、俳優の視点から、歌舞伎鑑賞の「ツボ」を伝授します。演題に即して観かたを具体的に解説。さらに舞台の想い出や演じる心意気にも触れ、三津五郎丈ならではの知的で洗練された語り口で、芸の真髄を解き明かします。


粋にいなせに三津五郎 粋にいなせに三津五郎

税込価格:2,310円(税込)
ISBN:4-8356-1562-X
出版社:ぴあ
発行年月:2005.10


あばれ熨斗 あばれ熨斗

税込価格:2,520円(税込)
ISBN:4-7826-0171-9
出版社:三月書房
発行年月:2001.1

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