1989~90年にアメリカに行き、障害のある人たちの積極的な生き方とそれを可能にする社会の仕組みについて学ばれたという川内さん。後編では、アメリカと日本の考え方の違いや、誰にでも使いやすく安全なまちづくりのためにはどんなことが重要かなどについてお伺いしました。
――アメリカで勉強したいと思っていたテーマは何ですか?
私の留学が決まった頃、日本ではアメリカの障害のある方々の自立生活運動に注目が集まっていました。私と同じ留学制度を利用した多くの障害のある方は「自立生活運動」をテーマにレポートを提出していました。みんなと同じテーマのレポートを書いてもつまらないから、どんなことを調べようかと思いながらアメリカに行ったわけです。日本で設計事務所をやってましたから、アメリカの「まちづくり」には興味がありました。
――実際に体験されたアメリカの街はどんな印象でしたか?

一番驚いたのは、街がとても使いやすいということです。当時の日本では、私の移動手段は自動車しかなくて、しかも車いすではお店に入れませんでした。でも滞在先に選んだカリフォルニア州バークレーは、車いすのままで電車やバスに乗れて、お店にも入れるんです。なんでここは何でも車いすのままできるんだろう?と思いましたね。調べてみると、カリフォルニア州には、障害に基づく差別を包括的に禁止する州法があり、そのおかげで車いすでどこにでも行ける街ができあがっていることがわかりました。また、幸運にも、私が滞米中に、これと同様の内容で全米をカバーする連邦法が成立したのです。
そして、この時期はユニバーサル・デザインの考え方が全米に広がりつつあるところであったという幸運もありました。多くの人に勧められて、ユニバーサル・デザインの提唱者であるロン・メイスに会いに行きました。彼も私と同様に車いすを使っており、また私が彼に最初に会いに行った日本人だったこともあって、それ以降、非常に親しくしてもらいました。障害のある人のための特別なものを作るやり方では、新たな疎外を生み出す。たとえニーズは障害のある人から出されたとしても、それをみんなに恩恵のある形で解決していくべきだというユニバーサル・デザインの主張は、大変理解しやすく、ストンと落ちるものがありました。
――アメリカから帰国され、そういった実態を日本で広く広めて行かれたんですよね。
帰国してわかったのですが、日本のバリアフリーに関する情報は、北欧(スウェーデンやデンマーク)からのものが中心で、“障害のある人の社会参加を人間として当然の権利だと考え、当事者が社会運動をして勝ち取っていく”という北米(アメリカ)の考え方はあまり知られていませんでした。なので、帰国後、アメリカから持ち帰った情報を広めようとこの本「バリアフル・ニッポン」にあるように、アメリカの状況を伝える講演ツアーを行いました。1990年代初めから半ばのことです。当時は車いすで電車に乗れるようになったけど、バスには乗れない、車いすで使える宿がないという状況でしたから、講演ツアーにはさまざまな困難がありました。そういう日本の悲惨さやツアーの様子をこの本にまとめたのです。
「日本の街をアメリカのようにするには、法律などで社会システムそのものを変える必要がある。広島にいて、設計事務所をやっていたら、1年に1,2軒の建物をよくすることはできてもそれ以上にならない。法律や設計基準の作成にかかわりたい。」と思い、上京して自治体や国の設計基準作りに参加する決心をしました。幸い、ツアーのおかげで、行政や建築学会などの関係者とのつながりができ、設計基準を作る委員会に出ないかと声がかかるようになりました。
――上京後、2000年以降に制定・改正された法律やそれらの法律に基づいて策定される建築や乗り物の設計ガイドライン作りにどんどんかかわられていらっしゃるんですね。
1990年代と比較すると、日本の法律や街自体もどんどん進化していると思いますが、現在のアメリカと日本では何か違いがありますか?

日本では高齢社会がものすごいスピードで進むことを危惧し、高齢の人の社会参加を確保するためにバリアフリーに取り組んできました。日本のハード面におけるバリアフリーは世界でも指折りのレベルにきていますし、近年はユニバーサル・デザインの考え方でいくんだという方向性も明確に示されています。しかし、そういったハードがちゃんと使えるというレベルにはきていません。
アメリカは平等な社会参加は国民の権利であり、社会参加を可能にするというのは政府の責任なので差別のない社会を作らなければいけない、だから社会環境を整備していく。アメリカの法律では、ハードや制度を整備する理由は、それらを使って社会参加を可能にするためだという明確な目標があります。
――日本の制度は、ちゃんと使えるレベルには至っていないのでしょうか。
例えば、スロープがつけられた建物に車いすで入ることを拒否されたり、目の前に停まったノンステップバスに乗車拒否されても「法律違反じゃないか」とは言えないのが日本の現状です。日本の法律では、ハード面を整備しましょうというところまでしか言っていなくて、それがきちんと使えなければならないとは言っていないのです。以前、アメリカで「レストランの入り口に階段があって、車いすの人だけが入れないのは、レストランの入り口に肌の黒い人お断りと書いて人種差別をするのと同じように、車いす使用者に対して差別をすることになる」と教えられたのがとても印象に残っています。日本では、レストランの入り口に車いすを使う人のアクセスがなくても、それが差別だという発想はありません。差別なんて言うとカドが立つ。みんなが優しい心で思いやりを持って解決するべきだという方向に行ってしまうのです。
――「優しさ・思いやり」の問題の背景には、障害を持った方が特別という意識もまだまだ根強いという気がします。意識を変えるためにはどのようなことが必要でしょうか。
ハード面の整備に伴い、日本でも障害のある方が社会に出るようになってきました。
昔は車いすで街を歩くと、小さな子どもにすごく珍しがられましたが、そういうこともだんだんと少なくなりました。私たちが世の中に出ていくことで、世の中にそういう人もいるということが少しずつ認識され始めています。市民のレベルでは、ごく普通に、障害のある方も社会に参加するのだということを知ってもらうことが大切だと思っています。
私が携わっている法律制定や、建築や乗り物の設計ガイドライン作りは、障害のある方々が電車に乗って、どの建物にも入れて、当たり前に世の中に姿を見せられる基盤づくりだと思っています。
――知ってもらうことで、意識を高めてもらうことが大切なんですね。

駅のエレベータや、車いすやベビーカーで入れる大型で多機能なトイレは、車いすを使う人からの要望で進化してきたという事実はありますが、車いすを使う人のためだけのものではありません。なのでみんなが順番を待っている中、車いすを使う人に絶対的な優先権はないのですが、欧米には優先させる雰囲気があります。なぜなら、欧米の人は“その設備がどういう意味を持って作られ、実際に使う(必要としている)人は誰で、今いる中で自分がどれくらいの優先順位の中にいるかということが判断できる価値観”を持っているからだと思います。日本ではまだまだ我先の状態で、弱肉強食といった様相です。
――最後に、ひとことお願いします。
バリアフリーとかユニバーサル・デザインというのは使い手がリードしなければ絶対に進みません。作り手がすごくいいと思うものを作っても、使い手がそれを求めていない限り、使われないまま終わってしまいます。また、作られた設備は上手に使いこなされて初めて有効になるのです。つまり、バリアフリーやユニバーサル・デザインというのは消費者(使い手)がリードしなければ進まない消費者運動だと思います。
使い勝手というハード面のニーズと、どういうルールで使うのかという価値観の両方が重要なポイントになると思います。
――ありがとうございました。
最近、高速道路や空港などで多く見かけるようになった中型のトイレは、車いすだけでなく、ベビーカーの親子や大型トランクを持った旅行者にも便利です…とトイレを例にユニバーサル・デザインの考え方について説明してくださった川内さん。これからも、学識経験者かつ障害を持つ当事者として、誰にでも使いやすく、安全なまちづくりの提案をお願いします。
by ニフティ「想い伝え隊」宮坂
コラムの紹介
ユニバーサル・デザインについて川内さん(ヨッシー)とレイコさんが語り合う「ヨッシー&レイコのこれってどうなの」には、さまざまなニーズとその解決方法が詳しく説明されています。
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