ご自身のエッセイで「これからもたくさんの”ありがとう”と出逢うために、私は歌い続けます」と綴っている川嶋あいさん。後編では川嶋さんの生い立ちから歌手デビュー、そして路上ライブ1000回達成などのお話をお伺いします。
――現在、歌手という立場でできる支援活動をされているわけですが、歌手になろうと思われたきっかけは何だったんでしょうか?
歌手になるってことは、、、特に大きなきっかけがあったわけじゃなくて、自然に思い始めたことだったんです。私は小さい頃、とても人見知りをする子だったらしく、それを何とか直せないかと母親はいろいろな場所に私を連れ出したようです。どこに行っても泣きじゃくる私が、音楽教室だけは別だったようで、3回も通うと笑顔が見られるようになったと聞いています。音楽教室の先生に「声がいいね」ってほめられて、5歳くらいの頃から、地元の小さな大会や発表会に出ていました。歌手になるという夢は、母親が敷いたレールだったのかもしれませんが、私自身もまったくそれを疑問に思ったことはなくて、“歌手になる!ならなきゃ!”と思ってたんです。
――音楽教室での思い出って何かありますか?

音楽教室には物心ついた頃には毎日通ってましたね。特に小学校高学年くらいから高校で上京するまで、すごい勢いで・・・学校が終わるとすぐに音楽教室へという感じ。放課後、友達ともあまり遊ばなかったし、音楽漬けの日々でした。先生はとても厳しくて、レッスンの時、けっこう泣いたりしていました。でも、母は私が歌っている姿を見るのが大好きで、大会やコンテストで賞をいただくととても喜んでくれて、それが子ども心にとてもうれしくて、その期待に応えようということで歌っていたかなぁ。私にとっては賞をとることより、“お母さんに喜んでもらえる”ってことの方がうれしかったんです。
――厳しいレッスンを経験されたようですが、歌手になるのをやめたいと思ったことはありませんか?
やめたいというのは何度もありました。でも、母の影響が大きくて、本当に誰よりも強い気持ちで私の夢を応援してくれていたのでやめられないという感じでした。父は、私が10歳の時に病気で亡くなりました。経済的にもかなり苦しかったと思うんですが、母は何よりも私が歌手になることを優先してくれていたんです。そんな母の姿を見ていると、“絶対に歌手にならなきゃ”という思いになりました。母には持病があり、私が中学の頃はほとんど入院していたので一人暮らしでしたが、“歌”という打ち込めるものがあって、“歌手になる”という夢をかなえるんだという想いが私を支えてくれました。
――中学生で念願の歌手デビューを果たされてますが、その後の道のりは楽ではなかったのですよね?中学卒業後、上京してきてからの歌手生活はどんな感じだったのでしょうか?
当時、私は知らなかったのですが、東京に出てくるにあたり、母は無理矢理頼み込む形で大手事務所に私を預かってもらっていたんです。そんな状況の中、うまくいくはずもなく。。。結局、母をとおして事務所からクビになったことを告げられました。母が無理をして東京に出してくれたのに私は何をしているんだろう、母に対して申し訳ない思いでいっぱいでした。そんな時、渋谷を歩いていたらたまたまストリートミュージシャンがいて、歌っているのを見て、「こんなところでも歌うことができるんだ」って感激したんです。当時の私は、夢に向かって一歩も踏み出せていなくてすごくむなしい日々でしたが、路上ライブを見て、こういうやり方、表現の方法があるんだ!自分も挑んでみようかなって思いました。
――その後、ご自身も路上ライブにチャレンジされたんですよね?
はい。最初の日は本当に押しつぶされそうな気持ちで体中が支配されました。もう、路上ライブを始めて何ヶ月かは、早く帰りたくて帰りたくて仕方がありませんでした
――路上ライブ1000回という目標はどこから生まれてきたのでしょうか?自信につながった転機はありますか?

路上ライブ2日目に、少し離れたところで立ち止まって、私の歌を聴いてくれている女の人がいました。寒い夕方、一人でも私の歌を聴いてくれる人がいる。ここ(路上)が私の活動場所なんだ!と思いました。その日、私は路上ライブを1000回続けてみようって決心しました。何回かやるうちに、徐々に人が集まって、スタッフとも出会い、目標を3つくらい決めて着実に自分の力で、自分の足でちゃんと前を向いて歩いているという実感ができた時に、なんとなく転機が訪れたような気がします。誰が決めたことでもなく、自分が決めたことを自分の足で、自分の力で実行し、少しずつでも希望が見てきて、立ち止まって答えてくれる人ができてきてっていう、そんな状況が毎日毎日、日を重ねるごとに多くなっていくのを目の当たりにした時、自信が出てきたのかなと思います。路上ライブ1000回を達成した時は、喜びというより、いろいろな思いが頭の中をぐるぐると駆け回ったって感じです。
――路上ライブを1000回経験されている川嶋さんですが、現在もライブの前には緊張されるのですか?
そうですね。そんな緊張をほぐしてくれるのが、ファンのみなさんなんです。最近だと、携帯やパソコンでファンの人とふれあえたりできるので、ちょっとでもいいからファンの人のメッセージを見て心を落ち着けています。路上ライブ時代に立ち上げた私のホームページのBBS(掲示板)には、みなさんからの書き込みが多く残っています。最初は、ファンの方は一人っていう時もあったのですが、いまやもう、おかげさまで多くの方に参加していただいています。そのBBSをライブ前にちょっと見たりするとなんか勇気が湧いてくるというか。ライブに見に来られない方からのメッセージもあったりします。そんなファンのみなさんの励ましの言葉を自分のパワーに変えています。
――歌をとおしてみんなに伝えたいことって何ですか?

私のエッセイにも書いているのですが、私を産んでくれた”お母さん”は20歳の時に私を産んだ後、健康上の理由で私を育てることができず、24歳で亡くなっています。私を育ててくれた母は、私を歌手にするために、すべてを注いでくれて、自分の命さえも切り刻んで、私を歌手という夢に導いてくれました。私が路上ライブをやっている時に声をかけてくれたスタッフは、母が亡くなった後も家族のように私を支えてくれています。ファンのみなさんからもいろいろなパワーをもらっています。私が今ここに存在していられるのは”お母さん”や”父母”そしてスタッフやファンのみなさんがいてくれて、”歌”という打ち込めるものがあったからなんです。私の作る歌は、自分自身のこれまでの生き方とか過ごしてきた時間がすごく反映されていると思います。いつも根底になるのは、絶望の中の希望のようなものなんです。真っ暗な中で差し込んでくる希望を歌にして、それを感じてもらえればいいなーと思っています。
――エッセイでは、数奇な運命をたどられたご自身の生い立ちを書かれていますけど、エッセイを書こうと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
エッセイにまとめた私の生い立ちは、本当は一生打ち明けなくてもいいことなのかもしれないけど、公表することによって、お子さんを持つ親御さんをはじめとしたみなさんに、何らかのメッセージが届けられれば、それはすごく意味のあることに変わるんじゃないかなーと思いました。
――今後やっていきたいと思っている活動について教えてください。
今年はライブを精力的にやりたいと思っています。今までになかったような新しい出会いを求めて、全国、できるだけ多くの場所をまわって、一人でも多くの方に”歌”を届けていきたいなぁと思います。
物静かな中にも、しっかりしたパワーを感じさせる川嶋あいさん。ひとつひとつを着実にこなしてきたからこその自信がパワーにつながっているのかもしれません。これからも”歌う”という活動をとおして、いろいろな情報を発信していってください。ありがとうございました。
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