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Vol.06 尾花紀子さん(後編) ハッピー&ハッピーの連鎖とIT教育の母を目指して

顧客目線(女性的発想)でコーディネートする 「ビジネスコンシェルジュ」として活躍しながら、子どもたちとネットについて、日本のIT教育をリードされている尾花紀子さん。その想いの原動力についてお話を伺いました。

--IBM時代はどのようなお仕事をされていたのですか?

日本IBMに入社したのが1984年ですから、かれこれ20年以上いたことになります。学生時代にやっていた乗馬を続けたくて、「馬術部のあるメーカー」への就職を希望していたのですが、大学で就職をひかえていた1983年3月、IBMが初の日本市場向けパーソナルコンピューター5550を発表していなかったとしたら、IBMには入社していなかったかもしれません。日本IBMは「馬術部のあるメーカー」として興味を持っていたので、たまたま発表会に出席した父に感想を聞いてみると、「金屏風」の前に立つ「振り袖を着た女性」たちが「世界のIBMが正しい漢字の表示ができる日本人のための素晴らしいパーソナルコンピューターを開発しました」というような感じで紹介していたとのこと。当時はちょうど、海外のブランドが魅力的に映っていたころで、「例えばマイケル・ジャクソンでも呼ぶなりしてアメリカナイズされた感じの度肝を抜くような発表会をしたらいいのに、何で金屏風に振り袖の女性なの?」と疑問を感じ、IBMは日本のユーザーの気持ちがわかってない!と思ったのです。今なら、日本のエンタープライズマーケティングを熟慮した演出だったのだろうと理解できますが、当時はまだまだ世間知らずの大学生でしたから(笑)。大企業や中央官庁を相手にしているグローバルカンパニーIBMも、コンシューマ向けのビジネスプロモーションは得意ではなさそうだと判断した私は、「IBMのコンシューマビジネスを変えてみたい」と入社を意識し始めたのです。広報・宣伝の採用枠はないといううわさもあったので、周囲に薦められるままに秘書として入社。やりたいことは努力すれば必ずやらせてもらえる会社だと信じていたので、入社直後からOA部門に異動したいと主張し続ける困った新人でした。上司に恵まれ、秘書からOA部門に転属させてもらった後は、OA推進真っ只中という社会動向の中、銀行ほか顧客各社のOA部門アドバイザーやイベント企画・プロデュースなど、あらゆることをやらせていただきました。入社4~5年目の20代女性があんなに活躍できるシーンがあったのも、PC創生期というグッドタイミングに社会に出たから。運が良かったと心からそう思っています。

--育児休職中もお仕事をされていたそうですね。

はい。IBMは満2歳までの育児休職が取れるので、二人の子どもを出産して合計3年間お休みをいただきました。一人目が1歳の誕生日を向かえた後に会社からのオファーがあって、二人目をお腹に抱えながらオプショナル勤務で(財)CG-ARTS協会の「CG検定」の立ち上げをお手伝いさせていただきました。週の半分はママ、残りの半分はビジネスウーマンという生活も楽しかったですよ。職場に復帰してからは、日本IBM初の子ども向け教育ソフト「カルロシリーズ」のコンテンツプロデュースと監修(全14巻の同ソフトは、トータル約40万本を出荷)をしたり、親子のためのパソコン教室をしたり、本来の仕事のほかに“母としての経験”を活かせることをやらせていただきました。その後、ブロードバンド時代のスタート期にプロバイダーに出向してECサイトをはじめとする新しい試みをいろいろ経験させていただきました。プロバイダーから戻る際、入社してからずっとコンシューマビジネスだけを担当してきたので、本来IBMが得意とする大きなビジネスをほとんど経験してないことに気付いたんです。せっかくIBMで仕事をしているのだから、PC部門に戻るのではなく、IBMの全体ビジネスを学べる仕事をしたいと考えて、顧客企業の経営者・管理者のみを対象にした経営戦略・IT戦略セミナー「天城エグゼクティブ・コース」のインストラクターという道を選んだわけです。

--本当に、バイタリティーに溢れていらっしゃいますね!

でも、このコースのインストラクターは、営業部長とかSE部長とか、実務経験豊かな大先輩たちばかり、IBMの一般的な研修を大学だとすれば彼らは大学院の教授みたいな感じで、唯一の女性インストラクターというだけではない、ちょっと場違いなムードがあったように思います。20代半ばから山ほどの講師経験を持っていましたから、人前で話すのは得意で、プレゼンテーションそのものにはある程度自信があったのですが、実経験不足の私の講義や質疑応答は納得できる内容とは言い難かったようで、幾度試験をしていただいても諸先輩方から講師デビューの合格点をもらうことはできませんでした。辛かったし情けなかったですね。ところがある時、ふと気がついたんです。自分が経験していない内容を何故知ったかぶりをして必死で話そうとしていたのだろうと。120%以上のナレッジがなければ講師なんてできないと後輩に言ってきたのは自分なのに‥‥と。そして、受講者は経営者なのだから、あえて私の目線、つまりエンドユーザー側からの目線で経営陣に現場のニーズを伝えるというスタイルで話せばいいんだ!と思った瞬間、吹っ切れたんです。それからは、同じ資料を使い、同じ内容をお話しても諸先輩方とは観点が違った講義となりました。「事例があまりにも現場すぎる」と言われたこともありましたが、逆にそれが受けて受講者の方からリアルなご相談をいただくようになって。エンドユーザー目線で講義をしたりアドバイスをしたりしているうちに、この仕事が無性に面白くなってきたんです。

--コンサルティングの仕事へ興味が移行してきた時期なんですね。

はい。ただ、ちょうどその頃、長い間患っていた父の容態が急に悪化し、母だけに介護を任せておくのが心配な状況になっていて、宿泊を伴うセミナーの講師を続けることが難しくなってきたんです。そこで、天城エグゼクティブ・コースで経験したノウハウを活かして現場レベルのコンサルティング活動ができないかと思って、IBCS(IBMビジネスコンサルティングサービス株式会社)に行きたいという希望を出したのです。でも実際にIBCSに異動してからは、大企業や官公庁などの大きなプロジェクトが多く、規模の小さな企業や案件に対するコンサルティングをやり続けていくことの難しさを痛感する、苦しい毎日でした。ニーズが増えても会社として受けることが困難な状況で、胃が痛くなるほど悩み続けていた時、「IBMがPC事業を売却」というニュースが飛び込んできました。プライベートでも子どもの受験や父の介護のことが重なっていたこともあり、「今が辞めるタイミングでは?」と直感したのです。

--いろいろなことが重なって、IBMから独立される決意をされたのですね。

お気に入りのThink Padに向かう尾花さん
【お気に入りのThink Padに向かう尾花さん】

私は今でもIBMが大好きです。仕事も学びも福利厚生も、さまざまな点からあんなに環境のいい会社はあまり類を見ないと思っています。でも、IBMからパソコン事業がなくなってしまったら、コンシューマやエンドユーザーの目線に重きをおいた細やかなビジネスをやれる環境がなくなってしまうのではないのだろうか?であれば、私がIBMに居続けることに意味がない!と考えて、PC事業がレノボ社に渡る2005年5月1日の前日、4月30日付でIBMを退職したのです。私のIBMとの歴史は、日本IBM初のパソコンの情報を父から得たことから始まり、そのパソコンがIBMから離れる前の最後の日で終わったのです。私はよく「PCと共に始まりPCと共に卒業した」と話すのですが、会社の仲間や先輩からは、「そんな美談にするために日にちを合わせて辞めるな」と叱られました。でも、なんかこういうの、好きなんですよね(笑)。

--スマートなこだわりを感じました(笑)。それで、現在は子どもとネットのアナリストとしての活動が大きくなられているようですが?

おっしゃるとおりです。今でも、ビジネス・コンサルの案件を常に数件は抱えていますが、子どもとネットに関する活動のほうにシフトし始めています。3年前、『子どもといっしょに安心インターネット』 (岩波書店/共著) という本を企画したのも、今どうしてもきちっとしたものを書いて伝えなければならないタイミングだと感じていたからです。IT業界の専門家や情報関連の大学の先生・有識者といった専門家の目線ではなく、実際に子どもたちが利用している家庭の中からの感覚を踏まえて伝えていかないと、確実に間違った方向に向いてしまうと考えて始めた活動です。そして今年6月に成立した『青少年インターネット利用環境整備法』の法案が出てきたあたりから、一気にご依頼やご相談が増えて。私がやってきたことが一気にブレイクしたようで、青少年育成のためにも「続けてきてよかった」とは思うものの、IT教育に携わる人が“それだけ”で生活をしていける収入が確保できないのが現状で、ITリテラシーを教えられる素養を持つ人がいても、今のままではそれを本業にはできないことにも気付きました。私が「IT教育の母」みたいに活動をして、少しずつでも現状を変革できないか、と考えて、自分の状況をあえて「子どもとネット、青少年とネット」のほうにシフトさせているわけです。まだまだ、いくつかのコンサル案件は抱えていますが、私自身がネット教育関係だけで十分な収入を確保できないようなら、後に続く人たちの前例にはなりませんからね。

--尾花さんの公式サイト『Frey(フレイ)』について、とても素敵な響きを感じますが、何か思い入れなどあるのでしょうか?

尾花さんの公式サイトFrey(フレイ)
【尾花さんの公式サイトFrey(フレイ)】
http://www.frey.jp/index.html

“富麗純樸(ふれいじゅんぼく)”という言葉、好きなんです。“富麗純樸”は、豊かで美しいこと(富麗)と素直で飾り気がないこと(純樸)が一つになった言葉で、心の表現の臨機応変さみたいなものを表現しています。もともと坪内逍遥の小説真髄の中にある言葉ですから、音としても流麗に聞こえませんか?また、北欧神話に“フレイ神”という豊穣の神様がいます。大地を豊かに実らせる神様である「フレイ」と「富麗」の音が偶然合致していて、言葉遊びの大好きな私としてみたら、この偶然はアリだなととっさに思いました。それで、私の大の仲良しで、音の響きやネーミングのプロとして大活躍の黒川伊保子さんに話してみたら、「いい響きであなたにピッタリ、絶対おすすめよ」と。これしかない!ということで、サイト名をFREY(フレイ)にしました。ときには豊かだったり、華麗あるいは綺麗だったり、逆にものすごーく単純だったり、というようにさまざまなことを「おもちゃ箱」のようにその中に入れ込もうと作ったサイトです。でも、これ、IBMを退職する前に作ったものなので、フリーで活動する立場となった今は、いろいろ手をいれなければまずいんです。Webコンサルも本業ですからとっくに気付いていることなのですが、手が回らなくて(苦笑)。余裕ができたら、必要なところから少しずつでも変えていかなければ、と思っているところです。

--ファッションや食べ物のことなども書いてあって、楽しくて親近感を感じます。それに色も素敵ですね。

このサイトの色はボルドーカラーのグラデーションと白で統一しています。ボルドーカラー、いわゆるワインレッドという色が大好きなのですが、それはたぶんワインが好きだからではなく、血の色が好きなんだろうという気がしています。歴史が大好きなのですが、特に革命史オタクなんじゃないかと思うくらい、時代を変えるために流された血の歴史に興味が向くんです。小さいころから、時代が大きく変わるきっかけとなった革命が大好きで、「ベルサイユのばら」も好きでしたね。大ヒットしてブームだったから好きになったわけではなく、ストーリーがフランス革命の時代だったから。好きな歴史はすべて血が流れているわけで、だから、幕末の無血開城にはあまり興味がわかないんです(笑)。

--それは、尾花さんがインターネットの時代の“革命”を担う役目を持っていらっしゃるということかもしれませんね。

IT教育の母を目指していきたいと語る尾花さん
【IT教育の母を目指していきたいと語る尾花さん】

極論かもしれませんが、ネットの教育を早急に変えないと子どもたちの心も死んでしまうし、ネットの使われ方自体も死んでしまうような気もします。戦後、平和な時代が六十数年も続いて現在に至っていますが、ついこの前までは戦国時代ブームだったのに、今は幕末時代がブームになってきていますよね。ちょっと前までは勝ち負けの時代で、「勝ち組み・負け組み」という言葉も流行りました。WIN&WINという言葉も流行りましたが、お互いにWIN(勝つ)ということは、その周囲に必ずLOSE(負け)の人たちがいるわけで、結局は誰かを踏み台にして勝つことがベストな時代でした。でも、戦争でスクラップされた日本経済は六十余年かけてビルドされ、すでに飽和状態なのではないかと思うんです。飽和状態だから、さらに成長させようと悪あがきをしても埒(らち)があかなくなってきているのではないかな?と。現状打破しないと、時代を全く変えないと、ここから先の日本が見えてこないという感覚に大勢の人がなっていて、250年以上も続いた徳川幕府の時代から、日本を変えよう!としている姿に自分たちの今を重ねているのではないかと思うんです。もちろん、これらは私の勝手な憶測でしかありませんが、幕末の多くの人たちの葛藤も、明治維新の後の変化も、歴史上の事実として知っている現代人である私たちは、何とか現状打破したくて、あの時代に共感しているような気がしませんか? ネットも同様で、ここ十年、二十年にIT文化が急激に発達したけれど、行くところがなくなってきているように思えるんです。

--ネット時代も今、幕末時代のような変化が必要なのですね。

スピードを速くするとかキャパを大きくすることは技術的に可能ですよね。そうやって新製品を次々と出してどんどん買い換えてもらうことはビジネス的に意味はありますが、人々は本当に今以上のスペックを望んでいるのだろうかと冷静に考えると、少々疑問です。使いきれない機能のために高いお金を払っている、「今のままで十分なのに」と心の中でつぶやいている人たちも少なくないはず。携帯電話がまさにそうで、一例ですが「デコメが送れない、絵文字が使えない、ワンセグが見られない、おサイフケータイが使えない」がiPhoneの4大NGポイントなのだそうです。ニーズは単純なところにあったりするんですよね。だから、誰かが“勝つ”ための仕掛け(ビジネス)ではなく、誰かが“幸せになる”仕掛けを考える、という方向へ転換すべきではないかと思います。幸せは、勝つこととは違って「お互いがHAPPYになる」「みんながHAPPYになる」ことも可能です。不幸を生まない仕掛けも工夫次第ではできるし、幸せは連鎖反応も起こします。競い合うことも大切ですが、今の時代だからこそ、WIN&WINからHAPPY&HAPPYに切り替えて、抜きん出ることよりも手をつないで一緒に着実に上っていくことの大切さも訴えていきたいですね。そのためには、相手を思いやりながら一人一人が少しずつ努力をしないといけなくて、その環境を、今の子どもたちのために作ってあげないといけないと思うんです。IT文化の時代に生まれた人たちが三十代になり、その子どもたちもきちんとした方向に歩んでいけるでしょうか。これだけ発達してきた日本のIT文化の中にいて、プライベートで勝手に使ってきた世代がきちんとしたリテラシーを学ぶ機会がないままに社会の中心になったら‥‥。IT時代に生まれ育った子どもたちが社会人になり、司法修習生が裁判関連記録をブログに書いてしまったり、会社の機密情報をブログに書いてしまったり、といったことも多発しています。プライベートで自己流に思いっきり使い慣れてきた彼らに、誰も社会人として仕事を始めた際のITツールの使い方や留意点を教えてはくれないという現実があるからです。学生時代に「社会人としての心構え」を学ばせる機会があれば、その中にIT教育は不可欠な時代。でも、IT文化を社会人になってから受け入れた人たちには当たり前のお行儀で、それを彼らに教えなくてはいけないということに気付いていないのです。子どもから社会人まで、広く必要なネット教育は、私一人では絶対にやりきれません。コンプライアンスを掲げる企業、その重要性に気付かれるのも時間の問題だと思いますから。

--生まれた時からネットのある環境で育ってきた人たちは、ネットに対する意識も違うのでしょうね。

本当に、全く違います。ここ2~3年の間に、誰もが学べて体験できて理解できる、そして多くの人たちが教えられるような、情報技術のような技術論ではない『ITリテラシー教育』をもっとしっかり日本中に定着させないといけないと思っています。日本に16ビットパソコンが登場した1981年生まれのIT時代最初の子どもたちが、ちょうどアナログのテレビがなくなる2011年には三十歳になります。遅くとも、その頃までにはある程度の教育体制を作ってあげられたらいいなと考えています。私の力でどこまでできるかわかりませんが、「IT教育の母」を目指して、大勢のみなさんのご協力を得ながらこれからもがんばっていきたいと思います。

--本日は、貴重なお話をありがとうございました。


前編では、親子のコミュニケーションが子どもたちをネット犯罪から守ることになるというというお話を、後編では、IBMを独立後、現在の活動をされることになったきっかけとその想いについてお話を伺いました。何事にも好奇心旺盛で、ITの楽しさも子どもたちの気持ちも理解できる尾花さんだからこそ、IT教育をわかりやすく伝えていくことができるのだと感じました。明るくて楽しくて温かくて、それでいてエネルギッシュな尾花さんのお話を聞きながら、元気パワーを充電させていただいた想い伝え隊でした。

by ニフティ「想い伝え隊」大空、木皿、久保田

「尾花紀子」さんからのお知らせ

--尾花紀子さんから、みなさんへのメッセージです。

「幼いころ、ひざの上で小さな両手でマウスをやっとやっと動かしていたころが懐かしい。」成長した子どもたちを見ながら、時折そんなことを思います。成長するに従って行動も心の中も見えづらくなり、イライラや心配はしばしば。いつもそばにいることを望み、ナイショという言葉を知らないかのように素直に何でも話してくれたころみたいに簡単にはいかなくなりました。

インターネットの世界でも同じこと、最初は一つ一つ聞きながら操作していた子どもたちも、あっという間に使い方を覚えてインターネットを使いこなしています。そんな子どもたちにとって、大人が本当に教えていかなければならないのは、私たち大人が長い人生経験の中で体得してきた『善悪や危険を判断する力』。インターネットの技術的なことがわからなくても、これなら教えてあげられるような気がしませんか?!

以下の本では、信号機のように、インターネットの「止まれ」「注意」「進め」を、 「赤」:ネットに潜む危険、「黄」:注意したいこと、「青」:ネットの活用ノウハウ、という形でわかりやすくまとめました。

ママや先生たち、インターネット活用期に入っている十代の子どもたちに是非読んでいただき、便利で楽しいインターネットを安全に使いこなしていっていただきたいと思います。


尾花さんの著書

子どもといっしょに安心インターネット「なにが危険なの?」 子どもといっしょに安心インターネット「なにが危険なの?」ホームページ・メール・個人情報

販売価格:1,995円(税込)
ISBN:4-00-026828-7
岩波書店(2005/7)
著者:尾花 紀子、高橋 慈子


子どもといっしょに安心インターネット「どうトラブルを避けるの?」 子どもといっしょに安心インターネット「どうトラブルを避けるの?」ネット体験・コミュニケーション術

価格:1,995円(税込)
ISBN:4-00-026830-9
岩波書店(2005/10)
著者:尾花 紀子、高橋 慈子


子どもといっしょに安心インターネット「なにができるの?」 子どもといっしょに安心インターネット「なにができるの?」ホームページ・情報活用術

価格:1,995円(税込)
ISBN:4-00-026829-5
岩波書店(2005/9)
著者:尾花 紀子、高橋 慈子




尾花さん関連サイト

 尾花紀子さんのオフィシャルサイトは、こちら( "尾花紀子オフィシャルサイトFrey" )よりご覧いただけます。

<警察庁セキュリティポータルサイト @police に掲載された尾花さんのコラム>
"第25回セキュリティ解説「心のセキュリティを育てる」"

<ITmedia News Bellieve in Technology(ITmedia)に掲載された尾花さんの記事>
"『子どものネット利用に大人はどう向き合うべきか』"

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