1990年に紫綬褒章を受賞、1995年から日本写真家協会の会長を務められ、2003年には文化功労者に顕彰された写真家の田沼武能さん。後編では、写真の未来や田沼さんの夢、家族について、など、幅広い話題でお話を伺いました。
--新潮社の芸術新潮をご担当されていたときに、沢山の著名な方々とお会いされたと伺っていますが、その中で、特に印象に残っている方や人生に影響を与えたと思われる方はいらっしゃいますか?

北海道大学校舎を背景に。 昭和34年】
このあたりの話は、「わが心の残像」(文藝春秋)や、「ぼくの写真人生 真像残像」(東京新聞出版局)にも書いてありますが、僕らの子どもの頃というのは、小学校のときに日中戦争が始まり、中学のときは太平洋戦争の時代でしたから、勤労動員に駆り出されたりして、とにかく学校で勉強することが少なかったんですよね。戦後、僕が『芸術新潮』の嘱託になり、写真を任されるようになると、教科書に出てくるような、各界の超一流の先生方の写真を撮影に行くようになりました。そういう先生方から見ると、年齢的に僕は孫くらいの年でしたから、飾らないで本音でいろいろな話をしてくれるんですよね。世界的な「雪の博士」で随筆家としても知られている中谷宇吉郎先生などは、最初は恐かったんですよ。でもその後は、家族同然のつきあいをさせていただきました。正月など、自宅に先生のご友人が遊びにいらしている時に電話をかけてきて、「おまえ、遊びに来い」と呼んでくれるんです。そういう場で知り合った方から他の一流人たちへと交流が広がり、それが仕事のチャンスへと繋がっていきました。もちろん写真の師は、木村伊兵衛先生でしたが、それ以外の分野でも、人生の神髄を教えてくれる師と呼べる多くの先生方と出会うことができた時代でしたね。そういう意味で、僕はとても恵まれた環境にあったと思います。
--写真の未来についてということで、インターネットの世界でも、写真はデジタルになってきていますが、今後、写真はどうなっていくと思われますか?
写真がデジタル化して、非常に便利になったと思います。ですから、どんどん技術も進んで実用化もされていくと思います。ただ、“保存”ということになると、今後どのように変わっていくのか、どれくらいの寿命があるのかなど、不安もあります。銀塩フィルムの写真というのは、170年の歴史がありますが、デジタル写真は、間違ってデータを消してしまうと、突然なくなってしまいますからね。保存する媒体や機器は、メーカーに依存しています。システムが進化していくと古いものが使えなくなる可能性も出てくると思います。ベータのビデオテープを再生できるビデオデッキを最近見かけなくなってしまったのと同じように。ですから、どうやって保存していけばいいか、というのが、僕はとても気になる問題です。
--先生はデジタルカメラもお使いになるんですか?
使っていますよ。便利ですからね。銀塩フィルムにしろデジタルにしろ、所詮、カメラで写した画像を定着させる素材に過ぎないと僕は思っているんです。ですから、“撮る”ということに対して、写真家が何を表現して、何を伝えていくか、ということ自体は、変わらないと思っています。
--デジタルカメラは、その場ですぐ見て気に入らなければ撮り直すと思いますが、それによって、ワンショットに対する価値が変わってきたと思いますか?
価値というかわかりませんが、ワンショットに対する精神の入れ方がちょっと違うんじゃないかな、という気はしています。銀塩フィルムの、現像があがってくるまでわからない不安というのは、撮るときに、かなり緊張感がそこに入るんですよね。デジタルの場合、その緊張感がちょっと薄くなったように思います。まぁ、1回しかチャンスがないものについては、銀塩フィルムでもデジタルにしても変わらないと思いますが、取り直しがきくものに関しては、なんとなく違いを感じますね。自分の全精神を1回のシャッターを押すことに集中して撮るのと、ダメだったらもう1回、という意識の違いは、写真に現われる気がします。これが不思議なんですよね。写真というのは。だから同じ人物を撮っても、同じようには写らない。それは、人によって見方や感じ方が違っているので、表現の内容が変わってくるからなんですよね。
--ユニセフ視察で現地の子どもたちの辛い状況などをご覧になって、ファインダーを覗きながら、涙が出て止まらなかった、といったことはありませんか?

子守をする少女 タンザニア 昭和59年】
それはありますよ。撮っているときは、相手の気持ちになって撮っていますからね。だから、相手が悲しそうなときには、こちらも悲しくなっているんですね。逆に、楽しいときには、撮っているほうも楽しくなるんです。ポーカーフェースでやらなきゃいけない、って思うけれど、なかなかそういうふうにはいきません。でも、それが、人間なんじゃないかって思います。
--日本写真家協会の会長としてもご活躍されていらっしゃいますが、どのような活動をされているのでしょうか?

舞台の上で挨拶をされる田沼さん 平成12年】
昭和25年に、プロの写真家の有志70名弱が集まって日本写真家協会がスタートしました。初代会長は、木村伊兵衛先生でした。当時、写真家という仕事は社会的にまだしっかりと認知されていなくて、撮影した写真フィルムが出版社から戻って来なかったり、写真の使用料もあやふやなことが多く、写真家のステータスが低かったのです。協会設立40年目で、写真の著作権を、文芸・美術などと同じく「著作者の死後50年間保護」とする法改正を実現しました。それから、今、日本写真保存センターというのを立ち上げようと、日本写真家協会が中心になって写真界が動いています。戦後に活躍した写真家が亡くなってきており、お子さんの代になって、写真の原板を個人が保存することが難しく、捨てられてしまうということが起きているんです。ですから、二度と撮ることができない歴史的な遺産を、どうにかして保存しておきたいと考えているんです。
--100円募金を始められたと伺っていますが、これは何でしょうか?
これは、日本写真保存センター設立のための募金です。写真愛好家は全国に500万人いると言われているので、500万人が100円ずつ出し合ったら5億円です。センター設立のために、文化庁もいろいろやってくださっていますが、みんなで力を合わせて写真の保存に協力していくよう、皆の意識を高めたいという想いがあるんです。国と写真界、一般の方々の力を集結してはじめて実現する大きなプロジェクトです。これを実現することが僕の夢であり、日本写真家協会会長としての責務だと思っています。
※100円募金の振込先 : 日本写真保存センター設立推進連盟
三井住友銀行 麹町支店 普通預金 No.8850748
口座名 : 社団法人 日本写真家協会写真保存センター口
(みなさまのご協力、よろしくお願いいたします)
--最後に、ご家族のことを伺ってもよいですか?ご著書の『真像残像』の中で、ご結婚について奥様のご両親がなかなか許してくださらなかったと書かれていらっしゃいますが。

年齢的にすごく離れていましたから、普通の両親なら反対しますよ。僕が親でも大反対したでしょう。だから、怒るのは仕方がないと思っていました。でも、お互いに信じていたんですね。そうでないと、なかなかうまくいかないでしょうから。夫婦はいっしょに年をとっていくわけですが、不思議なことに、だんだん同じくらいの年齢になっていくように感じます。だから、年の差があるからどうのこうの、というのは、外から見たときのことで、夫婦の間では、年齢差というのは気になることはないと思いますね。
--お子さんも写真をやっていらっしゃるんですか?
二人の子どもたちは、写真はやっていません。まぁ、自由にやっていますよ。一人は今、海外に行っています。僕から写真をやれということは、一言も言ったことがありません。やりたければやればいいと。親が「やれ」と言ってうまくいけばいいですが、うまくいかなかったとき、「僕はやりたくなかったのに、親が言ったから」と逃げ込んだりしますよね。僕自身、自分の意志でこの世界に入ってきていますから、逃げ場がないんですよ(笑)。どんなことがあっても、自分で最後までがんばって生きていこう、というのは、「自分でやろう!」と決めたからできるのだと思っています。ですから、子どもたちには、「何をやってもいい。その代わり、自分で責任をもて」と、子どもの頃から言っていました。だから、文句は言えないですよね。(笑)
--本日は、貴重なお話をありがとうございました。
前編では、「世界の子どもたちを撮る」という田沼さんのライフワークに対する熱い想いを、後編では、写真の未来や日本写真家協会会長としての田沼さんの夢からご家族のことまで、幅広い話題でお話を伺いました。やさしい笑顔と穏やかな瞳の奥に、まるで少年のようにキラキラ光る宝石のような輝きが見えました。プライベートな質問にも気さくに答えてくださり、田沼さんの人間的な温かさを感じました。写真の巨匠にカメラを向ける手が緊張で震えた、想い伝え隊でした。
by ニフティ「想い伝え隊」大空、岡本
--田沼武能さんから、みなさんへのメッセージです。
世界の子どもの写真を生涯のテーマに決めたのは1966年、その後、1984年からはユニセフ親善大使・黒柳徹子さんの親善訪問に同行して子どもたちの写真を撮り続けてきました。貧困や干ばつに直面している地域から始まった視察でしたが、いつしか内戦、紛争で苦しむ地域が主となっていき、私自身の取材を含め、この40年間で約130カ国を訪問しました。
写真集「アフリカ 子どもたちの日々」には、私が26年の間にアフリカ23カ国で出会った心に残った子どもたちの日々の姿を選んで掲載しています。貧しいけど元気な子どもたちがいること、内戦や紛争などの被害を一番受けるのは子どもたちだということを多くの人たちに知ってほしいと思います。
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アフリカ-子どもたちの日々 |
販売価格:1,995円(税込) |
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「真像残像 ぼくの写真人生」 |
価格:2,300円(税込) |
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「武蔵野讃歌」 |
価格:9,001円(税込) |
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「難民キャンプの子どもたち」 |
価格:1,050円(税込) |
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「人間万歳」 |
価格:9,450円(税込) |
田沼さん関連サイト
田沼さんが5代会長を務める社団法人日本写真家協会のサイトは、こちら( "日本写真家協会WEB SITE" )よりご覧いただけます。
田沼さんの奥様、田沼敦子さんの公式ホームページは、こちら( "田沼敦子公式WEBサイト" )よりご覧いただけます。
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コメント
貴重なお話ありがとうございます。
僕も昔、写真に凝ったことがありますが、フィルムの時は、この瞬間を逃すまいという感じで、バチバチ撮りました。36枚取りのフィルム3本を数分で使い切ったこともあります。今は、デジタルカメラですが、すぐ見れる、すぐ取り直せるという簡便さが、むしろ、写真に対する思い入れを軽くしている感じが確かにあります。田沼さんのように、世界の子供たちを撮るようなお仕事をされている方でも、そのようなことを感じられるというのが、興味深いです。 仕事への情熱や思い入れというのは、いろいろなところに現れるのでしょうね。これからも田沼さんの世界の子供たちの写真作品を楽しみにしています!
投稿: 寅次郎 | 2008年8月12日 (火) 00時59分